趣味のおもちゃばこ

メタル・ロックと百合とたこやきとお話を書くことが好きな私、雨宮 丸がつぶやく多趣味人間のブログです。

夏の夏空さん 【R-18】

 『笑いながら、幸せそうに抱きしめてくれるミサが……好き――ううん、大好き……! ミサが昨日言ってた運命の赤い糸……本当にあるんだって、私信じちゃいそうだよ……!』

 

 

※ご注意!

・このお話は性的な表現が含まれています。未成年の方の閲覧は遠慮願います。

 

以上の点を了解した上で閲覧して頂くようにお願い致します。

それではお楽しみください。

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 私はそれまで、目の前に見えるものだけが真実だというのを一つとして疑うことなく生きてきた。私の周りを取り巻くものや存在している人々や物、どれを取っても私から触れることが出来るし感じることも出来る。これは私だけでなく他の人も同じことであるのだろう。

 むしろ見えないものにも真実はあると言われた方が信憑性がないとも言えるものだ。だって、目の前に形として存在していないのだから。見えないものを信じろと言われる方が無謀であるし思い込むように崇拝してしまうような怪しさが立ち込めて自然とその説明から足は遠ざかってしまうものである。だからこそ私は、他の人たち、私の周りを取り巻く人たちと同じように過ごして、他の人たちと同じように道を辿って終末に辿り着くのだ。

 

 ――だが、その考えは私の中から変わろうとしているなんて、八月のあの日を向かえるまでは、その時の私は思いもしなかったのである。

 

 

 八月中旬。私は父の運転する車に揺られながら父の実家を目指して進んでいた。彼の実家というのは実に距離があるものでかれこれ数時間車の中に居続けている。

 エアコンで冷やされた空気が充満している車内の状態に耐えきれなくなって、私は外の緩やかに熱せられた空気を求めて車の窓を開けた。一定の速度で走る車が割いた空気を取り込むようにして流れ込んでくる暖かな空気が冷え切った身体を徐々に暖めていく。

「あ、ごめんごめん。ちょっと寒かったか?」

「ちょっと、どころじゃないよお父さん!  寒すぎて凍りそうになっちゃった」

 私がそう言うと父は笑いながら車のエアコンの強さを弱め冷たい空気が流れ込んで来るのを緩める。

「まったくもう、本当暑がりなんだから。最近またお肉着いてきたんじゃないの?」

  運転している父の後ろ側から脇腹を小突く。豆腐を指で突ついたような感触に指は押し戻され、父は擽ったそうな素振りを見せながらまた笑っていた。

「こら紗綾 (さあや)、そんな事言わないの。お父さんも気にしてるんだから」

「本当に? 何時まで経ってもこのお腹から変わったこと無いじゃん」

「い、いいじゃん別に……! 紗綾だけじゃなくてお母さんまで笑って……」

 母と私にいっぺんに言われて、父はそうふてくされながら運転をすることに集中し直す。

 いつもならばこういったやりとりをするのも面倒くさく何かと話しかけてくる父をそれなりにあしらうのだが、今の私の気持ちではそういうことをする気持ちにはなれなかったのである。

「……。もうすぐ、もうすぐで会える……ふふっ」

「それにしてもここ最近の紗綾も変わってきたわね。小学校や中学校の頃なんて遠出すると疲れるから嫌だ、なんて言ってたのに」

 まあ、それだけ紗綾も成長したって事だよ。早いなぁ……もしかしてこうやって僕の実家に帰省するのに付いてくるって事は……さては男でも出来たな?」

「……さあ、どうでしょうねぇ」

 別に返事をする必要も無いが黙りこむと何かと詮索してくる父のことだ、根掘り葉掘り聞かれるのも億劫なので適当に返事をして仄めかす。私のクラスの中でも付き合っているだの付き合っていないだの、相手がいるのいないだのとうんざりする程耳の中に飛び込んできて嫌気が差してきてしまう。特段そういった話が嫌いというわけではないが、今のところ興味はないのだ。

 

 今の私に興味が有るのは、絵に描いたような、記憶にいつまでも残るほど綺麗な――夏空さんだけだった。

 

 ふと、すすり泣く声に気がついて前の方を向くと、車のハンドルを握っている手が大きく震えて、バックミラーに映る父の顔は涙や鼻水で溢れ滅茶苦茶になっていた。

「ほらほら、心にもない事を言うからそうなるのよ……。そんなに泣かないの。全くもう、何時まで経っても子どもなんだから……。紗綾だって高校二年生なんだから、お年頃って言うでしょ?」

「うっ……うっ……! だ……だっでざぁ……!」

「……。ウザい……」

 次第に安定しなくなってくる父の運転に母がなだめ、真っ直ぐ走るように促す。父は昔から涙もろいと周りの人たちに散々聞かされてきたが、ここまでのものと知ると呆れを通り越して僅かな妥協も芽生え始めてしまう。

「でもさ紗綾、本当に男の子が目的なの? もしそうだったらお母さんも見てみたいなぁ」

「何度も言うけど、そういうんじゃないってば。……確かに会いたい人が居るからついてきてるけど残念ながら男じゃありませんよーだ」

 そう。異性に会いたいから貴重な夏休みの期間を割いて父の実家までの長い道のりを付いてきている訳ではないのだ。丁度一年前の今の季節に出会った人――あの真っ青な空に飛行機雲だけが引かれ、まるで白い紙にインクを一滴だけ垂らしたようにはっきりと存在を主張していたあの姿。細く滑るような素肌に柔らかくもしっかりとしていた笑顔、あの人ほど夏の空を背にして様になる人はいないと思う程印象深かった。

 見とれすぎてあわてて身体を翻してしまったものだったから彼女の名前を聞いておらず本名は知らない。だから私は、あの日に見た夏の空が似合う人を『夏空さん』と呼んで記憶の中に焼き付けていたのだった。

「……前に見た時は私と同い年位みたいだったし、話してみれば直ぐに仲良くなれるかな……。そもそもここの子なのかも分からないし。……今年も会えるかな、夏空さん――」

 車内から空を覗くと、青々とした空が私を出迎え挨拶するように短い突風が私の前髪の毛先を攫う。

 薄い灰色のクレヨンで横へ殴り書きしたように青い空には線が引かれ、吸い込まれそうな程澄んだ景色が目の前には広がっていた。そして、それらの下に敷き詰められた緑色の絨毯は空を見上げるようにして、どこまでも広がっていたのだった。
 

 

「そんじゃ、この自転車借りるねばあちゃん。夕飯前には帰ってくるからね」

「ああ、行ってきんせ。めんごい孫のために蔵に置いてあった古い自転車をじいちゃんが張り切って直してたわ。昔整備士をしてたじいちゃんが直したんだから訳ねえと思うけんちょもない」
 祖母がそう言いながら私が跨っている自転車を笑顔で眺める。整備士だった私の祖父が直してくれたのならば安心して遠出ができる。ハンドルや車輪にサビが所々にあるが、軋みやブレーキをかけても不具合がない。祖父は今どこかに出かけて不在だが、ここまでしてもらって何も言わないのも失礼な話だ。私が帰ってくる頃にはきっと帰ってきているだろう、礼を言うのはそれからでも遅くはない。私はそう胸に誓って、もう一度祖母に挨拶をして自転車を漕ぎ出した。

 さほど力をいれなくとも自然とタイヤは進んでいき、疲れを感じさせること無くどんどんスピードが上がって門をくぐり抜ける。歩くと『藤原』と書かれた表札を何十秒か見ることになるが、祖父が直した自転車に乗るとそれがあっという間の出来事ですぐにその景色は別なものに変わっていった。

「前と同じ所にいるとすれば……あの神社かな」

 去年夏空さんと出会った場所を思い出す。確かこの地区の中心部に存在している古びた神社があり、そこの用水路の水を引くために設けられた土手の上に立っていた。彼女が必ず居るという確証はないが、久しぶりに訪れたこの土地に宛はなくその場所しか思いつかない。それに、あの時夏空さんは移動するために居たのではなく、その土手から見える景色を眺めていたような感じがしたのだ。私と同い年の女だとすれば人気がないところへはそうそう好んで行くとは考えにくい。

「……まあ、行ってみれば分かることだよね。居なかったら他を探せばいいし」

 私はそう言いながら、神社のある方角へと十字路を曲がりその道を走る。道を進んでいく最中、ずっと頭の中で蘇っていく夏空さんの姿ばかりが思い浮かぶ。どうしてだろう、ずっと彼女のことを考えていると鼓動が次第に高まっていくのが感じ取れる。あの綺麗な姿に会いたい、あの柔らかい笑顔に会いたい、あの夏空さんに会いたい。そういうことで私の頭の中は一杯になっていた。

「うう……別に変な事を考えてるわけじゃないのに……顔が、熱くなってきた……わっ……!?」

 うるさい程高鳴る鼓動を掻き消すために一気にスピードをあげる。すると、俯いて走ってしまっていたようで道を失い田んぼに突っ込みそうになりあわてて急ブレーキを掛ける。間一髪というところで自転車は止まり、ブレーキを掛けたことによって自転車の後輪が跳ね上がり重力にしたがって地面に跳ね返りながらタイヤは地面に着地する。身体が泥だらけになる事態を回避できた事に胸をなでおろしていると、目の前にある土手に見覚えがあることに気が付く。

「あれ……!? もう着いちゃったのか……私もしかして思ってたよりスピードを出してた……?」

 土手を初め、去年の記憶を当てはめながら周りを見渡すと、私の背後には小さな丘に設けられた神社が建っていた。父の実家からここまではそれなりに離れているはずだが、ものの数分でその道程を越えてくるということはとてもスピードを出していたということになる。これが私の住んでいるところなら警官に追い掛け回されているところだ。

「なにはともあれ……。夏空さんは……いないか……」

 自転車を下りて神社の鳥居の近くに自転車を止める。辺りを見渡すと何処にも人影はなくそよ風が私の側を駆けて耳には盛んに鳴く蝉の声が届くだけであった。

「……ここじゃないとすれば、もっと辺りが綺麗に見渡せるところかな? ……そういや」

 ここに夏空さんはいないと思い自転車に跨がろうとした所で動きを止める。

「この神社って今どうなってるんだろ。ちっちゃい頃に来た記憶はあるけど……あんまり覚えていないや」

 ふとした考えが過り自転車に跨がろうとした動きを止め神社の方へ歩みだし鳥居の外から中を眺める。それほど高くない位置に本殿があるようで、形も大きさも疎らな石の階段が本殿へ道を作っていた。

「……ちょっと興味が出てきた……行ってみよう」

 形が均一ではない石の道を登っていく。この石の道は女物のサンダルで登って行くには些か難しいものがあるが困難なわけではないのでバランスを保ちながら登り切る

「わあ……。なんか懐かしい……! ていうか何にもないんだなぁ……」

 辺りを見渡すと雑草や木の蔓が生い茂り、昼間であるにも関わらず色の濃い陰を生み出していた。それに外は風があっても照りつける太陽でじりじりと熱を感じるのに、この辺りはとても涼しい。休憩をしに立ち寄るには絶好の場所だ。

「……でも、なんか不気味……。そろそろ行こうかな……うん……?」

 そよ風に木々が揺られ心地よい音を作り出すどころか、揺られる木々が多すぎてざわめきにも似た声をあげて鳴いていた。そんな光景が奇妙に映り身体を翻そうと思った瞬間、境内の奥の神殿の近くに何かがあるのに気がついてその部分を凝視する。薄暗いその中に似つかわしくない明るい色。うごめくように明るい色の何かが動きその明るい色の濃淡を変えていく。

「なんだろ……誰か居るのかな……?」

 何故かとても気になってその明るい色のものがある方へと歩み寄る。近づいていくと目に見えるものの事の他に他の情報が感じ取れる。何かが擦れる音や一定のリズムで聞こえてくる空気の音、そして高めの音――いや、音というよりは声に近いかもしれない。

「……? こんな所で誰かが寝て――あ……っ!?」

 首を突き出して明るい色の何かの全貌を覗き見る。明るい色の、大きなベルトのある白色のワンピースに細くなめらかな白い肌。小さな顔を包み込むように覆われた黒色の長い髪が印象的な――
 
「――う……ん、すうすう……むにゃ……」
 
 あの夏の日に見た、息を呑むほどに釘付けになっていた人。あの時のままの夏空さんが、そこには居たのだった。

「……ほ、本当に……夏空さんだ……! あの時と同じ格好で綺麗な黒髪……! 顔ちっちゃい、手足細い……! ……だけど……」

 去年初めて見た姿を改めて見つめる。地面に横たわる長い髪の毛は散らばるようにして広がっていた。単に散らばるのではなく一本一本がまとまるように頭の周りを覆うようにして、まるで生糸を広げたような感じだった。顔の見た感じから私と同じくらいとだと思われるが、それにしては私と比べて夏空さんは小柄だった。小さな身体から紡ぎ出される穏やかな寝息を体現するように、彼女の腹の上に乗せられた小さくもスラリとした手が静かに上下しており、綺麗という言葉では物足りない、可愛らしい姿の夏空さんがそこには居たのだった。

「……」

 だが、可愛らしい姿に見とれていてあまり気にしてはいなかったが、徐々に崩れていく夏空さんの寝ている体勢がやけに目に付き気になっていく。

「可愛い……けど、すごい寝相……。まあ地べたに寝ているというところに突っ込まないのもおかしいよね……。ここまで人の目を気にしないで寝られるってある意味すごいかも……わっ……! そ、そんな寝返りうったら……パ、パンツ、見えちゃう……!」

 自宅に居るようなくつろぎぶりに、よくもと感心してしまう。自分自身では気がつかないが寝ている内に変な体勢で寝ているということはよくあることだ。とはいえ屋外でここまで開放的になれるのも珍しいものだ。人の目など気にしないで寝ているものだから身体は自然と楽な体勢を取るために徐々にその体勢を変えていく。私の一回り以上細い、細すぎるといったほうが妥当な太腿がワンピースの中で魅せつけるように濃淡を生み出していた。その無防備さ故、あと数センチ動こうものなら太腿の先にあるものが丸見えになりそうになっていた。

「田舎で人がそんなにいないからって……いくらなんでもこんなの度が過ぎるって……! 変な人に見られたら襲われちゃうよ……!」

 人が疎らとはいえ全く人気が無いというわけではない。最近何かと物騒な事件が立て続けに起きているのだ。この地区も例外ではないはずだと思い、こんな可愛い姿が連れ去られてしまうことを想像すると、恐怖心が一気に煽られる。それでも夏空さんは人の心配をよそに心地よさそうな表情を浮かべて眠りこけていた。

「もう、何だかわからないけどハラハラする……! 起こして、あげよう……かな」

 一応目撃した者としては彼女の安全を確保するために別な場所で昼寝するように説得するしか無い。そう思って彼女の手を触ろうとして直前で自らの手を止める。あの憧れの、一番会いたかった人物の夏空さんの素肌に触れようとしている。その現実に心の動機が激しくなり、鼓動とともに手は震え息は荒くなっていく。

「な、なんでこんなに興奮してんのよ私……これじゃ私が変な人みたいじゃない……! でも、本当可愛い……これだけ美人だったらモテモテなんだろうな……私も道を外しそう――じゃなくて!」

 自分自身でも何を発言しているのか分からなくなってくる。けれども、そう思ってしまうほど夏空さんは綺麗だった。

「……眺めてたら日が暮れちゃう……。ね……ねえ、ちょっと――」

「――なはは、そだいっぺんに出さっちぇも食わんにで……! ミサは、はぁ腹くっちぃ……!」

 言葉と急に笑顔を見せたことによって思わず仰け反る。起きたのかと思って様子を伺っていると、二転三転する言葉の内容を聞く限りだとどうやら寝言のようだ。

「……どれだけ食べる夢を見てんのよ……。……もしや食いしん坊だったりするのかな、夏空さん。痩せの大食いって言うし……」

「スイカもいづ食ってもんめぇなぁ……! こんだけずんねえと食いごたえあんな……種も投げねぇでとっといて埋めれば永遠に食えんなぁ……あはは……あはあは……!」

 笑いに引くつかせながら今見ている食べ物の夢を口にしていく。口元は涎で汚され非常にだらしない表情を見せていた。

「……一人で百面相してる。好きなものを食べて笑ってたり、最後の一個を取られてぐずついたり……なんか、子どもっぽい」

「……ああ――!?」

「わっ……!」

 何度も表情を変えていく夏空さんの顔を眺めていると、急に眉間に皺を作り目を見開いて起き上がる。あまりにも突然に起き上がるものだから身体がとっさに後ろに傾き自制を失う。そうして私の身体は後ろの石畳へ尻もちを着いてしまった。

「誰だミサのまんじゅう食ったの! おっとぉだな!? わげさ居っと勝手に人のもん食っちまうんだから! やんなっつったことやんだんもんな! おっとぉのかすかたり! おんつぁ! ……ってあれ、ここどこ?」

 怒りの表情から一転して夏空さんは面食らったような表情を浮かべる。どうやらまだ夢から覚めた状態が把握できていないようで目を白黒させていた。

「……なんだ、夢か……。ごせやいで損した」

「あ……あのう……」

「ん……? ……あ……ああーっ!?」

 一人何かを呟いている夏空さんへ恐る恐る話しかける。それに気がついた夏空さんはこちらの顔に視線を向けると、彼女は一瞬何かを思い出すような表情を浮かべた後、目を見開きながら凄まじい速さで私の側へ駆け寄ってきたのだった。

「……んだ! 前の盆の時さ会っためんげえ娘だ! 今年も来てくっちゃの!?」

「え……あ……! わ、私のこと知ってる……の……?」

「知ってるも何も……去年の夏、丁度今頃にこの辺りで会ったべした! 忘っちゃの?」

 あの夏空さんが笑顔を向けたまま私に語りかけてくる。その事実に興奮にも似た鼓動の高鳴りに動揺しつつ返答を夏空さんに向けて返す。

「忘れてないよ。……私も、去年あなたと会った時のことを覚えてるよ。この神社の下にある用水路の所に立ってたよね。とっても綺麗だったから……ずっと覚えてたよ」

「き……綺麗って……! そだに褒めたって何も出ねえよ! ……でも、そう言って貰えっと嬉しい……どうもない!」

 先ほどの寝顔の時と同じように様々な表情を見せる。笑ったり怒ったり、顔を赤くしたりと、その表情がとても愛くるしかった。

「ほんで? あんねはどこの……いや、どこから来た人?」

 そう言って夏空さんは私の腕を握って微笑みかける。

「えっと、県外から。お父さんの実家に遊びに来たんだよ」

「はああ、わざわざこだ何もねえとこさ来てくっちゃごと! ……。だげんちょ、こだにめんげえ娘、前から来てたべか?」

「ああ……ええと……」

 返答する言葉に困っていると、不思議そうな表情を浮かべて夏空さんは私の顔を覗き込む。夏空さんが喋っている言葉は父が帰省してきた時や祖父祖母と同じような言葉なので言っている意味は何となくだが分かる。けれども、私と同じくらいの歳の娘が話す言葉にしては少々時代を感じてしまうほど訛りが酷い。だから私は一つひとつをゆっくり言葉にしていく。

「去年は気まぐれで来たの。それで何気なく散歩していたら……あなたに会ったんだ。その時にあなたも私に気付いていたなんて思いもしなかったけど……私はあの夏空を背にして立つ姿がいつまでも忘れられなくて、また会いたくなって今年も来たの。なんというか、憧れたの。ああ、こんなに綺麗な人って居るんだなぁって……あなたみたく綺麗な人になりたくて、私は色々と自分磨きしたよ。あの時の夏空さんみたいにって――」

 自分自身で紡いでいった言葉に違和感を覚えて言葉を止める。私だけが呼んでいた名前を呼んでしまって慌てて口をふさぐ。名前を聞いていなかったから私が勝手に彼女のことをこう言っていただけであって、そのことは夏空さんは知らない。失礼なことをしたと思い恐る恐る夏空さんの方を向くと、彼女は先ほどよりも、耳たぶの先まで真っ赤にして彼女自身の顔を両手で覆っていた。

「ひゃああ……! なしてそだ歯が浮くような事ばっかり言うんだべかぁ……! ミサ、しょうしぃべしたぁ……!」

「しょ……しょうしい……? それに、ミサって……?」

「ん? ああ、ミサはミサヲだからミサっつうんだ! ……そういやまだ名前も言ってねがっだね。改めて、ミサヲだよ! 宜しくない! んで、あんねは?」

「じゃあ私も改めて……。私は藤原紗綾です。宜しくね」

「さーや! なんつうまあめんごい名前だごど! さーや、さーや!」

 ミサと名乗る夏空さん改めミサヲは、私の名前の響きが気に入ったようで私の名前を何度も呼ぶ。どうやらミサヲは人懐こい性格のようだ。

「そんなに私の名前を呼ばなくても……」

「いい名前だべしたぁ! ……それに比べミサの名前のなんと古くせえごど……! あ、ミサの事はミサって呼んでくんよ、頼むぅ……!」

 そう言ってミサヲは手を組んで私にミサと呼ぶように請う。彼女からすれば自分自身の名前にコンプレックスのようなものがあるのだろう。そうなれば彼女の愛称を呼ばないことに理由はなかった。

「じ、じゃあ……ミサ、宜しく!」

「……! えへへ、宜しく! さーや!」

 ミサヲはそう言ってまた、満面の笑みを浮かべて私に微笑みかけて返事を返してくれたのだった。
 

 

「ほほー。ほんじゃ盆中はここにいんだね。そうすっと、今日と明日だけか……短えなぁ」

「まあ、お母さんの方の実家にも行くしね。ミサは、ここの出身なの?」

「……。うん、盆だけに限らずずっとここさ居っつぉい。ほうだ、さーやもここさ住めばいいんだわ! 何もねえけど」

「い、いきなり住めって言われてもねぇ……」

「なして? 冬は酷くさみ寒いけんちょも静かだし自然豊かでいいぞい? ……それに、ミサ――」

 ミサヲはそう言って言葉を区切る。彼女の言葉の先を辿ると、ミサヲはまた頬を赤くして自らの毛先を指でこねていた。

「ミサ、あっだに真面目な顔して綺麗だぁ憧れだぁ言わっちゃらぁ……惚れっちまうばい……? ああ、ミサはさーやのモノになっちまうだぁ……!」

「ぶっ――!? な、何いってんの!? 唐突すぎでしょ!」

「いやいや、唐突なのはさーやも同じだべした?」

「う……確かに……」

「……最近の娘は随分積極的だぁ……ぽっ……」

 ミサヲは大層嬉しそうに笑みを浮かべながら身体を揺らす。そんな彼女の喜ぶ姿につられてこちらまで嬉しさと、彼女を最初に見た時から抱いている正体の見えない気持ちが膨れ上がっていくようだった。

「……なんか不思議だね」

「うん? 何が?」

「なんだか、私ミサのことずっと前から知っていたような気がするの。去年会ったばっかりなのに、親近感があるというか。……なんだか最近、ミサのことばかり考えていたような気がするし、それもあるかもね」

「……」

 少しの沈黙が訪れ境内で鳴いている蝉の声だけが響き渡る。自分自身でも何を言っているのだろうと思ってしまうが、今口にしていた言葉は本当のことである。彼女みたいに印象的な人に綺麗になりたいと、ミサヲに倣って切ろうと思っていた髪を伸ばし続け、ミサヲのように真っ直ぐ綺麗な髪質ではなかったため三つ編みにしたりと最初の内は単なる憧れでしかなかった。だけど、彼女のことを思い出していく内にあの姿のミサに会いたい、彼女と話をしたい、彼女の――ミサヲの笑顔が見たい、その愛くるしい表情を自分自身のものにしてしまいたいと、何時からかそう思うようになっていたのである。

 あまりにも自分自身の思いを誇張しすぎて居ることに気がついて我に返り慌ててミサヲの方を見る。すると彼女は真顔で彼女自身の小指を立てていたのだった。

「な、何それ……」

「よく言うべした、運命の赤い糸って。ミサ、さーやみてぇなめんごい娘にだったら何されても構わねえって気持ちになってきたぞ……。さーや、さては女たらしだな?」

 あまりにも突然な物言いに動揺して口ごもる。別にそういう気はなかったのだが私自身が気付いていない所で図星だったようで、私の口は自由に言うことを聞いてはくれなかった。

「あっはっは! 冗談だで! そんだに顔を赤ぐして照れんにゃくてもいいばい!」

「す……好きでこうなってるわけじゃないよ……! もう……」

 ミサヲが言ったとおりに私の顔は火照りに包まれて体温が上昇していく。会ったばかりのミサヲと話し合ったりしてもからかい合っても、不思議と違和感を覚えることはなかった。そして何だか、ミサヲのことをもっと探って知りたいという気持ちがどんどん迫ってきて私の平常心を崩そうとしている、そんな感じがしてきているのだ。

「……で、でもそんなことしたら……。仲良くなり始めたのに一気に嫌われ――わっ!?」

「えへへ……さーや! さっきがら独り言多ぐでミサ置いてけぼりだで、まっと、まっと構ってくんよぉ……」

 子猫がじゃれるようにミサヲは私の肩に彼女の頬をすり寄せてねだり始める。それどころかミサヲは私の腰に彼女の細い腕を回して抱きつく。またもや突然の自体に身体中が燃えるように熱くなり始め、驚きと嬉しさにも似た感情で私の身体は溶けてしまいそうになっていた。

「――ほんで、明日が毎年開かっちぇる盆踊りがあっぺした? もしさーやに時間があんだっただら……って、おーい? さーや?」

「……っは!? な、なに? ミサ……?」

「ボーっとしてなじょした? ……。……はーん?」

「な……何よ、その笑いは……」

「いんや、何でもねえ。ただ、さーやは細かぁく計画を練ってくっちぇんだなぁと。……だけんちょ、おおっぴらにでぎねぇごどを明るい内さやんのはご法度だで?」

「……!? だ、誰もそんなこと……!」

「あは、ごせやいだ! めんごいごと、めんごいごと!」

 両手をあげてミサヲは笑う。彼女のその素振りや言動につられてまた笑いが出て、境内の中で響き渡っていた蝉たちの声よりも私たちの笑う声で辺りは一杯になっていた。

「んでもどうする? さーやは明日まで居るんだばい? やぐが?」

「……?」

「……本当に聞いてなかっだんがよ? だから、明日やる盆踊りにやぐがどうすっかってこど」

 苦笑いをしながらミサヲは私が聞いていなかった部分を繰り返す。どうやら彼女はこの神社の新本殿で行われる毎年恒例の盆踊りに私を誘ってくれていたようだ。

「うん、行くよ! へへ、こんなこともあろうかと浴衣を持ってきてきたから、それを着ていくね」

「おお! やんべ、やんべ! それにしてもさーやの浴衣姿かぁ……さぞめんごいんだべなぁ……。ミサ、拝んで見るようだわ!」

「そ、そんなに大したものじゃないよ……! あ、だったらさミサも着て行こうよ、浴衣でさ!」

「……。う……うん。でも、浴衣なんてどこさやったべ。何年も着てねえがらどっかさぶん投げっちまったがもしんねぇなぁ……」

 ミサヲに揃って浴衣を着て行こうと提案すると、ミサヲの表情はなぜか曇り気味になって浮かない表情になる。その表情が気になってミサヲの顔を伺うと、その曇りは消え再び笑顔を覗かせた。

「よし、話は決まっだ訳だし今日の所ははぁ帰っペ。さーやげの人らも心配すっぺがら」

 そう言ってミサヲは立ち上がる。彼女に倣って木の間から見える空を覗くと、そこにはすっかり茜色に染まった空がこちらを見下ろしており、盛んに鳴いていたアブラゼミの声が収まりヒグラシの声で一杯になっていた。

「もうこんな時間になってたんだね。なんか時間が過ぎるのが早いや」

「んだね。……。さーや!」

 空を眺めていると、ミサヲの声とともに腰の方から押される感覚がして思わずよろける。押された感覚がした方を見ると、ミサヲがまた私の腰に腕を回して抱きついていた。

「わわっ……く、擽ったいよ……!」

「えへへ……さーや、さーや! 今日うんと話せで、うんとさーやの事を知ることが出来で……ミサ、さーやの事好きに……大好きになっちまっだよ! さーやは、なして……なして、こんだにめんごいんだべなぁ……?」

 ミサヲはそう言いながら私の腰に回す腕の力を強める。感嘆としながらそういう言い回しをするものだから思わず鼓動が高鳴り息が詰まる様な感覚に襲われる。高まり続ける鼓動を落ち着かせながらミサヲの方に視線を向けると、ミサヲは無邪気にも思える明るいほほ笑みから照れたような、何かを求めているような顔つきをして、私の顔をただ見つめていた。

「……。ご、ごめんごめん……見とれすぎだ……。ほ、ほんじゃ……! あ、明日ここで待ってっがんない! ちゃんど来てくんよな! じゃ!」

 求めるように見つめていた小さな顔は急に我に返って私の腰に回していた腕を離す。そして、ミサヲは一言別れの挨拶をした後逃げるようにして神社を後にしたのだった。

「……よく抱きつくんだなぁ、ミサ……。でも、そこが可愛いいんだけど……。……でも――」

 未だに残る腰のあたりの感覚を自らの手で触って確かめる。小さい身体ながらもしっかりとした力が私の感覚から離れて行かなかった。そして、今まで曖昧にしていた心の中の微かな違和感に、私の心は気が付いていくのだった。
 
「……あんな風に可愛い、可愛いって言われると……あんなに真剣な顔で見つめられると……。私……本当に、どうにかなっちゃいそうだよ、ミサ……!」
 
 嬉しさと驚きと、自分自身の心の中に秘めてあった思いが混ざり合って笑みと言葉が次々と溢れ出してくる。

 今ここで叫びたいほどの思いをこらえて腰を包むように両腕を回す。今抱いている気持ちほどもどかしい物はない。早く明日になればいいのにと思うのは久しぶりだ。そうすればまたミサヲに会えるのだから。

 突然身体が震えて喜びの声色とともに唸りが吐出される。
 
 ――ああ、ミサヲと会いたい、抱きしめたい抱きしめられたい……! 好きになるということがこんなにも心地よくもどかしく、眩しかっただなんて……!
 
 私の口から搾り出された唸りにはそういった思いが詰め込まれ、暫くの間境内の中で気持ちが響いていたのだった。

 


 
 遠くで祭り囃子が聞こえてきて、昼間は静かな雰囲気だったのに今晩だけはやけに賑やかだ。それというもの、年に一回の盆の期間中に開かれる奉納祭、いわゆる盆踊りに地区中の人々が集まり賑やかさを作り出していたからだった。

「……遠くは賑やかだね。昔の神社の近くにあるから反対の方に向かってるととても静か……なんか、面白い」

 人々が盆踊りの会場へ向かう最中、私だけが一人別の方向へ歩いて行く。家から会場へ向かうには田んぼが広がる一本道を暫く歩いて訪れる十字路を右へ向かわなくてはならない。しかし私は約束を果たすためにその会場がある方向とは真反対の方向へと進路を変える。その方向がある場所、それは盆踊りの会場の神社がかつてあった場所、旧本殿へと向かっていた。

「……。意地張って一人でやるって言ったけど……おかしくないかな……。帯も曲がってないかな、髪型も……。……もう」

 立ち止まっては浴衣を纏った自分自身の姿を何度も確かめ、異常がないことを確認すると歩き出し少しした所で再び立ち止まる。先ほどからこの行動を繰り返してばかりだ。

「……何やってんだろ、私……。これもしかしたら亀より歩くの遅いんじゃないかな……。でも、この姿……ミサに見せてあげたいな」

 こういう風に何度も確かめてしまうのは周りの目を気にしているからでも、変だと笑われたくないからでもない。ただただ――ミサヲの笑う顔が見たくて、喜ぶ姿が見たい。それだけだった。

「それでも早く行かなきゃ。早く出てきたつもりだけど盆踊り始まっちゃったし……きっとミサも待ちくたびれて……あっ、居た……」

 夏の夕暮れは他の季節よりも日が長く明るいとはいえ、時間も進めば辺りは薄暗くなり辺りに暗闇が一気に降りてくる。巾着の中に入った荷物の中から携帯電話を取り出し行く道を照らし出す。その道の進む先に、神社の近くにある古びた外灯の下で身体を光に照らされながら辺りを見渡し待ちぼうけているミサヲのいつも通りの姿が視界に飛び込んできたのだった。

「ミサーっ! おまたせ!」

「……ん? ああ! やっど来た! さーやー!」

 互いの名前を呼び合い手を振り合う。それまでは口をとがらせ呆けた表情を浮かべていたミサヲの表情が一瞬にして明るくなり身体をいっぱいに使って彼女自身の存在を私に示していた。

「まったく、遅いでば! 約束ほっぽってどっかさ行ったかど思っだ!」

「ごめんごめん。来るのに時間がかかっちゃったけど……どうかな、似合う……?」

「ん……。……ん。……いい……」

 ミサヲは私の顔をはじめ全体を頷きながら見つめる。そして彼女は私の姿を見終えると親指を立てて言葉少なく評したのだった。

「……変な所はない?」

「ううん、全然! ……おかしなのはミサぐれぇだわ」

「え……? どこか具合でも悪いの?」

「いんや、元気満点いつでも来い! だけんちょね……。……察してくんよ……」

 ミサは言葉を全て言い終える前に顔をそらしてしまったものだから最後の方が聞き取れずもう一度ミサヲに聞き直す。するとミサヲはなぜか顔を赤らめて首を横に振るだけだった。

「……? 変なの……」

「……ミサ、さーやは本物のたらしに思えできた……。ここまで気付かねぇのもある意味才能だで……」

「な、何が?」

「……。へへ、何でもねえ! ほら早くやんべ! 置いてっちまうがんな!」

「ちょ――ちょっと! 草履だと……早く歩け……きゃっ!?」

 走り出すミサヲを見て追いかけようと動きにくい浴衣を引っ張って駆け出す。その時、浴衣の裾が脚に絡まり足がもつれ道路へと倒れこんでしまった。顔を打つのは免れたが帯を締めている腹部が地面と帯に圧迫され痛みを伴って呻き声が自然と口から溢れる。それに気がついたミサヲは声を上げて私の元へ駆け寄ってきた。

「なんだべ……! さーや、さすけねぇがよ?」

「う……うん、なんとか――」

 心配そうな声で私に問いかけるミサヲの方を見上げようとして目を見開く。なぜならそこには屈んだ事によってワンピースの胸元が広がり、ミサヲの二つの控えめな乳房と桃色の先端が大胆に開けていたのだから……!

「? さーや? なじょした? ……どっか痛むのか!?」

「ちっ……! ちが……! ダメっ、ミサ……! み、み……」

「み? 何だの……顔も赤えし……」

「……! ミ、ミサは下着付けないの!? ま、丸見えなんだってば……!」

 ミサヲは怪訝な表情を浮かべながら首だけを下げて自身の胸元へと視線を落とす。私の言った意味が理解できたようでミサヲは大きな笑い声をあげて腹を抱え始めた。

「なんだなんだ! そんなことか! 見でっどこはしぃーっかり見でんだな! このどスケベめ!」

「ど……どスケ……!?」

「大体なぁさーやよぉ、夏は暑くて蒸れっぺした? 暑いし痒いし蒸れるしでいいことねぇべ? それにミサ、自慢じゃねえけんちょも胸がねぇがらあんまし意味がねぇんだわ! 見栄張っで付けてだって滑稽なだけだべした? 涼しいし、上の下着だけはミサにとっては豚に真珠なんだわこれが! あっはっはっは! はっはっは……ハァ……」

 そう言ってミサヲは腰に当てていた手を力なく地面に向かって放り投げ空中に吊るす。面白さを取ろうとして自虐に走ったが、思いの外心に刺さってしまったようで彼女から出される笑い声は生気を帯びていなかったのだった。

「……。なんか、ごめんね? ミサ……」

「は……ははっ……構わねえで……こんくらい……どうってこと……ねえし……?」

 乾いた笑いをしながらミサヲの身体はひくついて何かを悟ったような表情を浮かべている。ここまで清々しいほどの墓穴を掘る姿はそうそうに見ることは出来ないだろう。

「……。い、行こっか? ミサ、いつまでもこうしてるわけには――」

「――ああー! ミサの身体のみぐさくない事を思っだらごっせやげでぎだ! 今日はやけ食いしてやる! 牛さでもなればたわわもとお越っしてばるんばるんだべ!? さーや、付き合ってくんち!」

「え!? そ、そんな! 最近せっかく余分なお肉が取れてきたばっかりなのに……!」

「そらほど痩せてたら十分だべした! それ以上どこを絞んだ!?」

 私の腕を掴んで引きながらミサヲはどんどん盆踊りの会場へと早歩きで進んでいく。

「ちょっと……落ち着こうよミサ! ミサのコンプレックスな事に突っ込んじゃったのは謝るよ!」

「……。別にコンプレックスな訳でねえよ」

「じゃあなんでそんなにプリプリしてるの……! だから、折角一年に一回くらいしか会えないんだからさ、楽しい時間にしようよ。思い出つくりなんだから、怒った後で後悔しても遅いんだよ?」

「……。……それもそうだ。ごめん、カッどなりすぎた」

「……ふふ、ううん。色んな表情をするミサだけど……やっぱり、ミサは笑ってる顔が一番かわいい。その顔が一番好きだよ」

「……う」

 こちらに顔だけを向けて私の顔を見つめていたミサヲは私の言葉を聞くなり目を見開いて顔を一気に赤くする。握られていた手がミサヲから離されると彼女はすぐさま私の背後に回りこんで腰に手を回した。

「も、もう……! また後ろから抱きついて……!」

「さあさあやんべ、女たらしさん! 早ぐやがねえど終わっちまうぞ! 女たらしさん!」

「……。一応聞くけど、女たらしさんって誰のこ――」

「決まってっぺした、さーやの事だで?」

 間髪をいれずに答えるミサヲの反応を見て異議を申し立てるが、ミサヲは尚も笑って私をからかい続ける。何はともあれ、ミサヲの機嫌が治って一安心だ。
 
 ――けれども、それからのミサヲが私の身体に抱きつく力が少しだけ強くなっているような気がして、それだけが何故か気になって頭の中にへばりついたのだった。




「久しぶりに盆踊りに来たけど、賑やかでやっぱり楽しいね、ミサ」

 盆踊りが始まってから大分時間が経ってから私とミサヲは盆踊りの会場へと到着した。歩く道には露天が立ち並び、その奥にある本殿の前では太鼓と笛の音色とともに楽しげな空気で包まれ、小規模だけれど賑やかな声と熱気は確かなものだった。私とミサはその賑やかな中を並んで歩いて行く。

「里帰りしてきてる人もいっがら尚更だない。……」

「……? どうしたの?」

「い、いや……。別にかき氷がんまそうだからって見つめでなんかねえぞ……?」

 ミサヲはそう言いながら横目で露店が並ぶ所を凝視している。そういえば昨日ミサヲは寝言で食べ物の夢ばかりを見ていたはずだ。そうなればこういうものに目がないわけがない。

「何か食べよっか? お腹すいてるでしょ?」

「……! い、いや! ミサはさすけねえ……!」

「口から涎を出してたら説得力無いよ……。……もしあれなら奢るよ、そんなに高いものじゃないしさ」

「い、いいでば! あ、ミサこわいからあっちらへんで休んでるわ!」

「え、あ……ちょっと!」

 そう言ってミサヲは駆け足で私の元から離れていく。どうも先ほどからミサヲの様子が変だ。ここへ来る前に些細な口論が原因なのだろうか。一度気になってしまうとそのことから頭が離れない。

「……さっきのことまだ引っ張ってるのかな。なんか悪いことをしちゃったかな……。……ミサ、お腹が空いてるわけじゃなかったみたいだし、飲み物くらいだったら飲むかな?」

 ふと近くの露店を見るとかき氷と一緒に氷水に付けられた瓶のラムネが目に入る。丁度蒸し暑い夜を歩いてのどが渇いてきたので財布を手に露店へと近づく。買う本数は二本、私とミサヲの分だ。

「ええとミサは……ああ、いたいた」

 露店の主人にラムネ二本分の代金を支払いその場を後にしてミサヲの行方を探す。少し歩いて人影が少ない大きな木の下に設けられた石の上にミサヲは腰を掛けて、どこかを呆けるように周りを見つめていた。

「おまたせ、ミサ」

「あ、うん……」

「どうしたの? さっきからボーっとして……。さっきまで元気だったのに……どこか具合でも悪くなっちゃった?」

「いんや。昼間お天道さまの下で走りまくっでだがらそんなことはねえど思う」

「……。どうりで昼間いくら探しても見つからないはずだわ……。ていうか、それじゃ日射病かなんかになっちゃったんじゃ?」

 盆踊りが始まるずっと前の昼間に、盆踊りに行く前にもう一度ミサヲに会いたくて探しに行ったが、地区中を探しまわっても見つからなかった。自転車を地区一周するほど走らせたが見つかること無く結局帰宅したのは夕方になってからだったのだ。

「そんなんでねえよ。……ちょっと、ミサ……憂鬱になっちまってさ」

「え……? どういうこと?」

 仮に日射病ならばと思い、話を聞きながら冷えたラムネを一本ミサヲに手渡そうとするがミサヲはそれに対して静かに首を横に振るだけだった。ふとミサヲの顔を見ると顔を赤くして何かを考えているような表情を浮かべている。本当に大丈夫なのだろうか。

「ねえミサ、何か悩みがあるなら話してみなよ。……知り合ってそんなに経ってないけど……。自分で言うのもおかしいかも知れないけどさ、私とミサって話が合うような気がするんだよね。話せば気が楽になるっていうしさ、良ければ私に――」


「――ほんだったら、さーやにミサの事を話せば、楽になんのが?」

 

 何時になく低く、冷たい声色が私の耳に届く。その声は周囲が喧騒に包まれているにもかかわらずはっきりと私の頭をゆさぶるように強く鳴り響いたのだった。

「え……? え、なに……? どうしちゃったの、ミサ……?」

「……。ミサな、そろそろ帰んなんねえんだわ。あと、五時間ぐれえがな」

「帰るって……家に?」

「違う。遠いとおい、ところさ、ない。そう考えっちまうど、さーやのことを……きになっちまっだもんだから、未練がましくでなぁ……」

「……? 意味がわからないよ、どういう――」

 ミサヲの言っている意味が解らずに聞き直すと、それと同時にミサヲは立ち上がりこちらを見つめる。答えを聞こうとミサヲの目を見たその瞬間、何度も点滅するように目の前は激しく瞬き意識が不安定になっていくのだ。

 

「――え……あ……? ミ……サ――?」
 
 頭を誰かに揺さぶられているかのように激しく眩み、意識が遠のいていく。

「……なあに、暴んにゃければなんも痛え事はねえさ。静かな所で二人っきりさなりでえ……ちっとの間、辛抱してくんよな――」

 意識が完全に吹き飛んでしまう直前に聞こえてきたのは、ミサヲの囁くような声と、固い地面に激突して割れたガラスの音だけだった。
 

 
「……。う……」

 ふと寒気を感じて徐ろに目を開ける。まず初めに視界に入り込んできたのは黒色が敷き詰められた遠い天井と、微かに聞こえてくる穏やかな虫たちの泣き声が聞こえまだはっきりとしない感覚ながらも、私が今見慣れない場所に居るということが分かったのだった。

「あ……。目ぇ、覚めだが?」

 丁度私の隣から聞き覚えのある声がして首をそちらへと向ける。するとそこには座りながら私を見つめるミサヲの姿が映ったのだった。

「ミ……サ……? ここは……? 私、あれから……どうしちゃったの……?」

「良っぐ寝でだぞい。ミサみだぐ寝相が悪そうでなぐて安心したわ」

「眠ってた……? 私、眠たくなんてなかったのにな……」

「……そらほうだべな。なしてさーやが寝ちまったが知りてえが?」

 ミサヲはそう言って四つん這いの姿勢で私に近寄る。どうやらミサヲは私が眠ってしまった内容を知っているようだ。それならば、どういった経緯をたどって眠りについてしまったか知りたくなり彼女の問いに応える。もしかしたら気付かない間にミサヲや他の人たちに迷惑をかけてしまったかもしれない。そうなれば謝罪をするなり省みるなりをして後始末をしなければならないだろう。

 そんなことを考えていると、ミサヲは突然私の身体に跨がり上位を取った。そして静かに私の顔に彼女の小さな顔を近づけていく。突然の事に驚きミサヲの行動を取りやめるように言葉を発するが、ミサヲは止める事無くゆっくりと距離を縮めていく。もう少しで触れ合ってしまうというところでミサヲの動きは止まり見つめ合う。彼女の表情は笑顔だった。――だが、いつも見るような笑顔ではなく、どこか不気味さを醸し出していた。

「さーやはな……。……ミサが眠らせたんだわ。暴んにぃように、逃げっちまわねえように、な。ほんで、眠ったさーやをミサがここさ……最初に会った神社の中さ連れてきだつうわけ」

「……!? ね、眠らせたって……!? ど、どういうことなの!?」

「……二人っきりになりたがった……それだけ」

「……! 何を……する気なの……!? こんなことをしなくたって、普通に誘えば良かったじゃない!」

「……。そう言われっがらこんなこどをしたくは無がったんだが……何度も言うけんちょもミサにははぁ時間が無え。誘い出して連れてきたらまっと時間が掛かるし……なによりミサが持たなぐなっちまう……」

 ミサヲはそう言いながら私の手を握って持ち上げる。何をされるか分からない恐怖に自然と口からは悲鳴が零れ出る。そういった抗いを見せる私を見ても尚ミサヲは動じることはなく私の腕をミサヲに近づけていく。

 ――それと同時に私はある違和感に気が付くのだ。ミサヲに触られるのは昨日からであったが、あの時は外の気温が暑かった。もしくは身体が混乱するほど熱くなる思いをしていた。しかし今は冷えきった木製の床に身体を預けていたのでほとぼりが覚めて少し寒気がするほど体温は冷えきっているのである。それなのに私の身体に跨っているミサヲから少しもの暖かさが感じられないのだ。仮に体温が低かったとしても全く感じ訳がない。それに私の手を掴むミサヲの手からも温度が感じられず、まるで何かに吊るされているような、宙に浮く感じがするのだ。

「……?」

「……。はは、さーやは勘がいいな……? ほれ、これがその違和感よ。ちゃんど、見ときんせない――」

「――! えっ……え、あ……! ああっ……!?」

 ミサヲは私の手を彼女の自身の顔面へと近づけていく。速さを緩めること無く自らの顔に私の手を突っ込ませる。私は作為的にミサヲの顔を殴ってしまうと思い瞼を強く瞑る。だがおかしなことに何時まで経っても何かに当たる音も、感触もなにもかもが感じられないのだ。不思議に思い瞼を開けると、そこには――
 
「――わ……私の手が……ミサの顔をすり抜けてる……!?」
 
 あまりにも突然の事態に言葉も曖昧になりながら狼狽える。暫くすると、顔をずらし少しだけ淋しそうな表情を浮かべたミサヲの姿が映った。

「……分かっが? さーやの手がミサの手をとお越っしちまってる……その意味が……。ミサは……ずっと前に死んちまってる。つまりミサは、幽霊、なんだよ」

「ゆ……幽霊……!?」

「そう……。……おかしな話だべ? 今どき幽霊なんて言ってちんちゃい子でも驚がねえわ。根拠があるわけでもねえし自覚があるわけでもねえんだ。だけんちょ……ある日を境に誰もミサに気付がなぐなっちまった……抜け殻になったミサの身体だったものを見ちまったら……幽霊だと気が付かないわげにゃいかねえべした?」

 目を伏せミサヲ自身が体験してきたことを私に語っていく。その時の彼女の表情はとても辛そうで今にも泣き出してしまいそうなか細い声になっていた。

「……。ミサ……」

「……。もう、どのぐれえ時間が経ってんだべな。そう思っちまうぐれえ、うんと昔……生きでた頃も死んちまった時の記憶もあんまし覚えでねえ。いや、覚えでる事は殆どねえな……でもな」

 何かを思い出すようにミサヲは言葉を区切る。その時に彼女の前髪の間から除けた顔には、少しばかりの笑みが浮かんでいた。

「でもな、一つだけすっかりと覚えでっごとがある……それを教える前に、ミサはさーやに謝んにゃがなんねえごとがあるわ……」

「あ、謝る……? 何を?」

「本当はミサ……さーやのごと昔から知っでだんだわ。それも……さーやがこーだにちんちゃい頃。あれは……五つかそこらだべか……だけんちょ、さーやって名前は知らねがったよ」

「……!? そ……そうなの!? ……でも、私全然覚えてない……」

「そらほうだべな。それだけちんちゃかったって事だばい。だがら……昨日さーやと会った時あだがも初めで会いましだ、みでえな感じで喋っちまっだから……申し訳なぐでよ……」

「そ、そんな……気にしなくたって……」

 ミサヲは私に何度も謝りながら私の頭をそっと撫でる。思い出しながら私に語りかけているミサヲの表情はどこか優しく懐かしそうに語っていて、ずっと前に生きていたという彼女の話が納得できる姿だった。

「ほんでな、さーやは覚えでっがなぁ……。本当に初めで会った時、五つの頃の話な。さーやは外が暑くでも毎日毎日、この神社の大木の下さ麦わら帽子を被って来て遊んでだんだわ。ほれ……今もその木があっぺ? ほんでその下にはシロツメグサいっぺえある。それは昔からなんだけちょもない。ちんちゃい時のさーやはいつもそこさ来て遊んでた……ミサは、ああ、毎日来る子だなぁめんげえなぁって思いながら、さーやを眺めでた」

「……」

 ミサヲの言葉に僅かではあったがその時の情景が思い出されていく。確かに涼しい木陰の下で白くて小さい花、シロツメグサでよく作っていてその花の冠を作るのが得意で今でも作ることが出来るほどだ。そういったことは思い出せるけども、ミサヲのような女性がいた事は、どうやっても思い出せなかった。

「毎日来てよぐ飽きねえごどって思ってた時な、さーやは突然ふり返っでミサの所に駆け寄っで来たのよ。十年以上ミサはてっぎり誰にも見えでねえって思ったがらたまげだわ」

「私はまっすぐ、ミサの方に行ったの……?」

「んだよ。ほして座っでだミサを見つめながらさーやは「おねえちゃんにこれ、あげる!」っで言ってミサの頭さシロツメグサで作った花の冠を乗っけてくっちゃっげなぁ。あの歳にしちゃえらぐ出来栄えがいがっだよ」

「……シロツメグサの冠……。やっぱり私なんだ……」

「……もしかすっと今でも作れんのが? いやはや、大したもんだわ!」

 ミサヲはそう言って声を出して笑う。

「それでミサは、久しぶりにミサさ声をかげてくっちゃ人を見て……うんと嬉しがったのをよっぐ覚えでる。……でもな、それど一緒に悪ぃ欲求にからっちゃんだわ……」

「わ、悪い欲求……? どんな……?」

「……。聞きでえが? それは――」

 明るい声から再び低くくぐもった声に変わり、緊張感が張り詰めて息を呑む。悪い欲求というからには余程のことなんだろうと、私は心の中で聞く覚悟を決めた。

「――それは……さーやの魂を、食っちまいでえ……そう思ったんだ……」

「た……食べる……!?」

 あまりにも背筋が凍る様な物言いに私の身体は一気に縮こまる。霊が魂を食べるとは、一体どういうことなのだろうか……?

「……さーや、こんな話を聞いだごどあっが? 生きでる人が死んだ人さ話しかけっど魂を食われっちまう……。ああ、食われっちまうっつうよりは取られる方がいいのが? 食べるって言ってだのはミサの大じっつぁまだがら今とは言い方がちげえがも分がんねえ。……けんちょも、なして死んだ人が生きてる人の魂を食っちまうど思う?」

「……。分からない……」

「その、話しかげた人がううんとめんごいがらなんだど。……誰にも構っでも話でも貰えずずっど独りだがら、生きっちぇる人が話しかげでくれっど嬉しくで嬉しぐで、その人がめんごぐで堪らなくなっちまう。だがら、その人を我が物にしでえ、ずっど見ていでえがらあの世さ一緒に連れで行こうどしで魂を食うんだど……今のミサとさーやみでえな、だあれもいねえどごで……ない。一般的にゃ神隠しっつうんだべけど……おっかねえべ? ミサ、初めで聞かさっちゃ時、おっがなぐで眠れねがっだよ。ほんでミサもな、さーやの魂を食べようどしてどっかさ連れてっちまおうと思っだ……けんちょそれは出来ながっだ……だっでよ、そんではあまにりももごいべした?」

 あまりの事に言葉を失う。けれど、誰からも気にしてもらえないという立場になってみないと解らない感情でもある。だから、こんなにもミサヲの言葉に恐怖を感じてしまうのだろうか……。

「ミサは死んだ身でミサの欲求とやっちゃいげねえっで思いでずっど悩んだ。悩んだ末に、次の日からさーやは来なぐなっだ。気付けば盆も終わりで、ミサもあの世さ帰えっちまったがんない。それでもミサは、後悔はしねがっだなぁ」

「……。どうして……?」

「……。だっで、死んちまっだ人の笑顔を見るよりも、生ぎでる人の笑顔を見でだほうが……ずっと、ずうっど綺麗だべした……? だからミサは、ちんちゃい頃のさーやを……そのまま止める事はでぎねがっだんだよ」

 ミサヲはそう言い終わると私の胸に頭を寄せて静かに抱きしめる。彼女の心地よさそうな表情を見て、ミサヲのその姿を見て私は自らの睫毛が濡れていることにようやく気が付いたのだった。

「……ほんで去年……さーやと再会することが出来だ。ミサは、あの時その女っ子があの時のちんちゃい子……さーやだって一目で分かっだ。ほしてな……あんまりにも綺麗でめんごくなっちまってたから……ミサ、一目惚れしちまった……。こんなにも純粋に人のことが好きになっちまうなんで、死んだ後に感じるなんで思いもしねがっだなぁ……。だからミサ、いっぺえ抱きついてだべ、構ってくんよって言ってたべ……? いきなり言っちまうど気味悪がられっがらよ、遠回しにしてたんだわ……ま、女たらしさんには分がんねえがも知んねえけんどよ?」

「……もう、その女たらしさんっていうのやめてくれる? 私はそんな気があって言ってたわけじゃ……」

「そういう所が女たらしだって言ってるんだべした?」

「……。ミサばっかり、ずるいや」

 私のその言葉にミサヲは頭をすり寄せていた動きを止め静かになる。ミサヲばかり私の事が好きだとか、一目惚れしてしまっただとか、一方的な言い方に少しだけ胸の奥がつかえて言葉として零れ出る。

 私だって、ミサヲに憧れて……もっと一緒に居たいと思っているのに――

「……ミサ、私はミサのこと憧れてたって言ってたじゃない? それは変わらない……けれど、今はちょっとだけ違う……私のことを好きでいてくれて、ずっと前から知っていて覚えていて……なんだか、運命なものを感じちゃったよ。そして、こうやって……私の事を抱きしめてくれる。私から抱きしめられる事が出来なくてもどかしいけど……でも、笑いながら、幸せそうに抱きしめてくれるミサが……好き――ううん、大好き……! ミサが昨日言ってた運命の赤い糸……本当にあるんだって、私信じちゃいそうだよ……!」

「……信じなくてもあるべした、運命の赤い糸。ミサの目の前にあるものが……そう言わねえなら、なんて言えばいいんだ……?」

 恥ずかしさのあまり閉じていた瞼を徐ろに開けると、赤く頬を染め緊張した面持ちのミサヲの小さな顔が私の胸の上に乗って私を愛おしそうに見つめていた。

「……さーや……?」

「……。いいよ、ミサ……」

 物欲しそうに見つめるミサヲの表情に耐えられなくなって、ミサヲに私の全部を任せてしまいという欲求が勝って、私から触れることが出来ないこと全てを委ねるために私は自らの瞼を静かに閉じてミサヲの行動を待つ。そして次第に近くなっていくミサヲの緊張した声が私の耳をくすぐって刺激にしていく。

 そして、「さーや」という言葉が聞こえてきた直後に私の唇には優しく小さな感触が押され、心地よさそうな声とともに唇の先から震えはやって来たのだった。

「ん……んぅ……」

「……んふ……んちゅ……っ」

 唇が触れ合って互いの口からは気持ち良さげな声が漏れ出す。私には既に故人であるミサヲの体温を感じることは出来ない。けれど、彼女の小さく柔らかな唇はミサヲが与えてくれるから彼女の柔らかさが伝わってくるのだった。一度唇が離されミサヲと見つめ合う。少しした後ミサヲは私の上半身を抱え持ち上げようとしたので彼女の動きを助けようとして起き上がる。そして再び見つめ合って、私たちは唇を求め合った。

「……んっ……。……い、いやぁ……さーやの唇……やわっけえんだなぁ……! 流石は女たらし……恐るべし……!」

「……もういいよ、女たらしで。紗綾ちゃんはどうせ気付かない内に女たらしになってる哀れな女ですよーだ……」

「へへ……そんなにごせやげんなで……。ほんに、めんげえぞなぁ……!」

「……ふふ、ありがとう……。そういえばさ、ミサ。こんなことを聞くのも何だけど……ミサってどのくらい前に亡くなったの? ……もし、思い出したくないんであればいいけど……」

「……うーん? それがよぉ、ミサも昔の記憶ってあんまし覚えでねえんだわ。ミサが死んちまった時……。……ああ! そういや、ミサが死んちまう前によ、テレビでエリマキトカゲが流行っでだな! あれもめんごいぞなぁ……」

「……。……もしかしてそれ、もう二、三十年前くらいになるんじゃないかな……? 私が生まれる遥か前だよ……」

「あらら、ほうか! ほんじはミサはさーやのうんと上がよ! ……かああ……時間てのは幽霊よりもおっかねえぞな? ミサも立派なばっぱちゃんだぁ……」

「……それ、幽霊が言うセリフ?」

 私がそういうと私たちから笑いが出て部屋いっぱいに声が広がっていく。その声たちが木霊するほど、私たちの幸せは広がっていくように感じるのだった。

「はああ、おもしぇな……。……さーや、一つ頼み事していいが?」

「頼み事? なあに?」

「その……なんだ、さーやを……まっと触らせてくんよ……? ミサ、やっぱりそっちの気があるみてえでよ、それに……さーややわっこいから気持ちいいし……」

「……。キスまでしておいてお遊びでしたって言われるよりマシね。……いいよ。でも……私のなんか見たって……面白くもなんとも無いよ……?」

「そだごとあっか! 今日のさーや……浴衣で髪の毛も結ってて……色っぽいべしたぁ……! そいや!」

 ミサヲはそう掛け声をあげて私の背後へと回りこむ。そして――

「――ひゃっ!? ちょっ……ああっ……!」

「おお……これがさーやのおっぱい……! うーむ……うーん……?」

「な……何? 期待はずれしたような声を出して……」

「……。いんや、前落ちてた雑誌さ「最近の女の子は発育が良い」って書いてあっだがらよぉ、ほーか! ど思っで触ってみでんだけんちょな……そんなこと……。いや、これはこれで……なかなかどうして……」

「……! さ、サイテー! 今一番気にしてるのに……!」

 いつも身体測定の時には周りの目を気にしながら列に身体を小さくして並んでいるのを思い出す。私は小さい頃から背は高い方で今でもクラスの女子の中では一番背が高い。けれどもその分の栄養は胸を始めとする、いわゆる男性が喜ぶところへは恵まれなかったようで体型はかなり控えめだ。しかし、気にしていてもこればかりはどうにもならないのだった。

「そだごど気にしてんのか? さーや、ミサのようにどんと構えてればいいんだで!」

「な、何言って――わっ!」

「へへ……綺麗な肌してんだなぁ。おまけにめんごい下着付けてんだぁ。ほれほれ……」

 ミサヲは浴衣の帯を解き素早く上半身を脱がす。顕になった私の肩や首筋を舌でなぞりながらミサヲは胸を揉みしだく動きを強く、まるで私が感じる部分を知っているように器用に揉み込んでいく。

「やっ……やあっ……! やらしいよ、ミサ……っ!」

「けんちょ、こういうの好きなんだべ……? ほら、ここも欲しがってっぞ……?」

「ん……んんっ……! だ、ダメ……っ、そんなに……指でこねちゃ……っ!」

「……ほんに、めんげえ声出すなぁ……ミサ、ますますその気になっちまうべした……?」

 そう言いながらミサヲの手の動きは激しくなり舌でなぞったり口付けをしたりしていく行動も次第に激しくなっていく。暫くミサヲに身体を触られていると頭の中がぼんやりとし始めて考えることが朧気なものになっていくのだ。ミサヲが啄むように与えてくれる唇同士のふれあいも何もかもが刺激になって身体がひくついていく。気がつけば私の下半身も刺激を求め震え始めていた。

「んちゅ……っ……んはぁっ……」

「ん……。……ふふ、さーや? だんだん服も開けで脚も開き始めてきだぞ? ……欲しいのが?」

「――やっ……! そんなに……擦らな……っ! あうぅ……っ!」

「口はまだ強情張っでけんちょ身体は正直だなぁ……。ほれ、こだに濡れて……糸もひいてっつぉよ?」

「や……やだ……! 見せないでよぉっ……!」

 ミサヲは私の無防備になった下半身の秘部を彼女の細い指で穿ってかき回す。そのことによって溢れ出てきた愛液がミサヲの指に纏わりついて、ミサヲの白い指を濡らしていく。それを見たミサヲは愛液を指に掬い取り、糸を引かせて私に見せつけてきたのだ。

「大分出来上っでんな……? ほうらさーや、これがいいんだべ……? ミサも……だんだん我慢できなくなってきだ……!」

「んあああ……っ! それっ……だめっ……!」

 指をかき回して、私の膣内はミサヲの指が暴れまわっていた。何度も何度も膣の壁を擦るようにぶつけてくるその感覚がとても気持ちよく、気を抜くと直ぐに意識が飛んでしまいそうになった。

 そう思った瞬間、ミサヲの指の動きが止まり彼女は立ち上がる。何をするのかと思いぼんやりとした眼で彼女の姿を見つめていると、ミサヲは私の前に座り込んで、私の太腿を掴んで開かせたのだった。

「ミ、ミサ……?」

「ミサも……我慢できなくなってきたから、自分でしながらさーやを気持ちよくすっがらな……? ん……んぷ……っ」

「――っあ……!? ふあ……っ!」

 ミサヲは四つん這いになって彼女自身の秘部をこね回しながら、彼女は私の秘部に顔を近づけて私の股に食らいつく。その衝撃に震えながら自身の股をのぞき込むと彼女の小さな口に私の大量の愛液が押し寄せ、ミサヲは幸せそうな面持ちでその愛液たちを貪っていたのだった。

「ん……ちゅ……っ。れろ……」

「あ……だ、ダメ……! きちゃ……い……! きっ……!」

 そう言葉を言いかけた瞬間、私の身体は激しくびくついて大きな声とともに全身が震える。私は、ミサがしてくれたことによって絶頂を迎え、それによって私の身体は凄まじい疲労感で一杯になっていた。

「ん……ふふ……。さーや、気持ちいがったが……?」

「……。う、うん……。でも……」

「でも……? なんだ、まだ欲しいのがよ? さーやのどスケベめ!」

「ち、違うよ! ……その、私ばっかり気持よくさせてもらったって……ミサが気持ちよくなっていないんじゃ……そんなの、嫌だな……」

「……。さーや……!」

 笑顔でミサヲは私の胸に飛び込んできてそのまま床へ倒れこむ。そしてミサヲは私の脚を持ち上げ、柔らかく笑みを浮かべて私を見つめていた。

「ほんだったら、一緒に気持ちよぐなっぺ……? ミサも、ここは何時でもいけるで……さーやと混じりたいって言ってる……」

「……でも、そんなこと出来るの……? まあ、私から触れなくても、ミサからなら……」

「そういうこと……んっ――」

 ミサヲはその言葉を最後に腰を落として私と彼女の秘部を擦り合わせる。ミサヲの愛液の感じはやはり分からないが、彼女の秘部らしきものの感触はよく分かる。小さくてもしっかりとした動きに私の身体は次第に飼いならされていく。

「んあっ……! み……さ……! これ……すごっ……」

「さ、さーや、さーや……! んっ……はあっ……!」

 上位をミサヲが取っているために行為の主導権は自然とミサヲの物になっていく。けれど、私はミサヲにも感じて欲しいという一心で、彼女の秘部と思われる場所を頼りに自らの腰を動かす。すると、ミサヲの気持ちのいい所に触れたようで、ミサをもまた震えるような声で喘いでいたのだった。

 もう何年も前に作られた神社だから社を支える木々は朽ち始め酷く軋みの音を上げる。それはもちろん梁や屋根だけではなく床の板も同じだった。同じように朽ちていくから私たちの行為の一つひとつに木々は軋み、私たちの声と一緒に室内で響き合っていたのだった。

「……! さ、さーや……! ミ、ミサ……もう……!」

「わ……わらひも……もう……だめ……っ! みさ……ミサ……!」

「んっ……さーや……。……さーやは、生きてる……けんちょミサは死んちまってる……。けど不思議だない、こうしてると……ミサ、生きがえっだみてえだ――」

 その言葉とともにミサヲは自ら刺激を求めるために秘部同士が交わるところの擦りを速めていく。速めた分だけ息は上がり軋みは大きくなり、快感は増していくばかりだった。もうすぐで限界に達する寸前で瞼を開きミサヲの方を見ると、丁度彼女の私の方を見たばかりのようで視線同士がぶつかる。そして、何も言わずに、まるで合図を出したかのように私たちの唇は互いへと向かっていった。

 ――そうして、私たちの意識の限界は揃って迎え、私たちの間で決壊していったのだった。

「――あああっ……! きちゃっ――あああああああああああああああっ……!」



「……。よっぐ眠ってんなぁ……。……さーや、ありがとない。これでミサは……未練なく逝けるわ……。……っ。でも……やっぱり、もう少しさーやど……居だがっだ……! 神様仏様は、ずっこいぞな……? なして……なして、好き会えるひど一緒にさしてくんねえんだべか……! ……でも、ミサのことが見えるさーやが居るだげでも、ミサは幸せなのがもしんねえ……。身よりも、今生きでる家族も居っがもわがんねえがらな……」

「……」

「……。さーや、最後に一つだけ、ミサのわがままを聞いてくんよ……? 眠ったままで構わねえ……。わげさ帰る前にな、ミサの墓に来て拝んでってくんよ……。丁度この丘の反対側にあっがら……ミサのわがままばっがりで、ごめんな……。……はあ、もう帰る時間がよ……。でも、その前にさーやを、家さ帰してやんねえとない。……ほんじゃ、ゆっくり寝んせね、さーや。……また来年も会うべない。ミサ、待っでっがら――」

「……。……ミ……サ……すき……。むにゃ……」



「……こんな所にお墓があったなんて……。それにしても、立派なお墓……」

 明くる日、目が覚めて帰り支度を整えた私は、昨日夢の中に出てきたミサヲの言っていたことを確かめるべく、再び神社を訪れていた。はっきりとは覚えていないが、ミサヲの墓があるということは朝目が覚めても覚えていた。

 昨日はミサヲと盆踊りに出かけて、ミサヲに二人きりになれる場所に連れて行かれ、彼女の正体を知って、互いに交じり合った事から先は覚えていない。私は気が付くと乱れていた浴衣は直され父の実家の玄関先に座って寝ており、そんな所で寝ているなと今朝母親に叩き起こされていた。

「……。日下部(くさかべ)家代々之墓……。日下部ミサヲ……それが、ミサの名前だったんだね……」

 大きな墓石を一周りして墓標の名前を見る。そこには日付が数十年前の、昨晩ともに気持ちを共有し合った日下部ミサヲというミサヲの名前が添えられていた。

「何も言わないで帰っちゃうんだから……。でもきっと、ミサなら……寝ていた私にきっと何か言っていたよね。……それに気が付かなかった自分が悔しいなぁ……」

 そう独り言を呟きながら手を合わせ墓石に、この墓で眠るミサヲを始めとする人たちを偲び目を瞑る。そうしていると、どこからかミサヲの明るく元気な笑い声が聞こえてきそうだった。

「……ああ、そうだ。彼岸花じゃないけど……これをミサに……」

 そう言いながら手に持っていたものを墓石の前に添える。数分前に、神社の境内の中にある大木の下、昔と変わらぬまま広がっていたシロツメグサの絨毯から花を摘み、それを冠にしたものだ。かつて私がミサに贈ったものと同じものだ。

「……ほらね、ミサ……今でもちゃんと作れるでしょ……? 私は……あの時の女の子だって……ミサは覚えていたのに……ごめんね……っ」

 人間はあまり興味が無いものだと簡単に忘れてしまうものだ。そう考えると、幼いころの私の向けていた興味のあることが少し恨めしくなってしまう。

 けれど、忘れてしまったならばまた思い出を作ればいい。それを忘れなければミサのことを想える。帳消しになるわけではないけれど、ミサヲが喜んでくれるなら私は骨にでも刻んでおきたい事柄なのだ。

「……。さて、そろそろ行かなきゃ……。お父さんたち、家を出てそろそろこっちに着く頃かな」

 目に溜まった涙を拭って再び墓石を見つめる。夏風が墓石に当たって砕け散る音が微かに聞こえる。そして、あの時と――夏空さんと、ミサヲと再会した時と同じように空には薄い青色の空が広がっていた。

「……よし。ミサ……またね! 来年も必ず来るから……待っててね――」

 澄み切った青空に私は、この空の彼方に居るミサヲに向けて叫ぶ。目の前に広がる青空は澄み切ってどこまでも透明な表情を浮かべていた。こんなにも透き通って住んでいるならミサヲに届きそうだ。けれどもやっぱり、それは叶わないことなのだろう。ならば心だけは、ミサヲを想う気持ちだけはずっと抱いて叫んでいたい。

 だって、私が愛した夏空さんは――

 ――私が愛したミサヲは……今では、遠いとおい国の人……。

 

 

 

 

 

 

夏の夏空さん(完)

 

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夏の夏空さん 前編・後編/2015.7完結作品(2016.1加筆修正)

 

 

●あとがき

 

 はい、如何だったでしょうか。久しぶりの投稿で久しぶりの現代のお話であります。

 

 個人的にはこのお話は特に気に入っております。元々このお話は「方言話す女の子って良いよなぁ……でも、色んな作品を見ても関西弁ばっかりだし……」ということで、ないのなら作ってしまえの精神で出来上がった代物であります。何故こんな方言なのかはまた今度……。ちなみに実在する方言で間違いはありません。

 お話の方としては冒頭にあった通り、普段なら間違いなく遭遇しないものとの遭遇ということで少しだけ不思議な内容となっております。そしてちょっぴり切なさのあるお話でもあります。

 そしてそこへ百合百合えっちをねじ込んだ訳ですが、意外とマッチして自己満足している次第であります(

 今回のお話は主人公・藤原紗綾の一人称視点でお話が進んでいきます。一人称視点でということで雨宮の大好きな書き方であるためにかなり力を入れて取り組んだように記憶しています。

 そういった経緯もあって、一人称ならではの『他からの情報が不明瞭』というのが上手く書けたかな、と思っています。しかしアバウト過ぎたかもしれませんね。改めて読み返すと後半に進まないとミサヲに興味がいきづらい表現になってしまっていて、いまいち紗綾がミサヲにキュンとした所が想像しにくいなと反省しております。まあ、紗綾とミサヲがとびきりの美少女なのでホの字になるのも分からんでもないですがね(身も蓋もない

 ちなみにこのお話もまだ続いており続編も鋭意製作中であります。構想は出来ているのであとは文にするだけです。果たしていつ完結するのやら……(

 

 では、今回はこの辺で。

 

著作:雨宮 丸/2015-2017