趣味のおもちゃばこ

メタル・ロックと百合とたこやきとお話を書くことが好きな私、雨宮 丸がつぶやく多趣味人間のブログです。

紛擾のトーヴァルニヤより Ⅰ -蟻聚の栖- 【R-18】

『私は再び帝国を再建するために剣を握りこの腐った一体を変えてやるのだ。それを拒む人間が例え赤子でも、私は容赦しない』

 

※ご注意!

・このお話は性的な表現が含まれています。未成年の方の閲覧は遠慮願います。

・このお話は残酷的な表現・暴力を振るう表現が含まれています。

・このお話は人によって不快を与える表現が含まれ、強く糾弾している箇所があります。

 

以上の点を了解した上で閲覧して頂くようにお願い致します。

それではお楽しみください。

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 栖(すみか)というものは、何時の時代も共鳴し合い志の向かう先が同じ者たちが挙って近寄ってくる場所のことを指す。例えそれが世間が向かっている事に逆らっていたとしても、偽善がもたらす醜態の群衆であっても同じことなのだ。つまり栖という場所というのは良かれ悪かれ帰りの切符のない汽車の様なものであり、同時に大量の亡骸を押し込んでおくための捨て場に等しいのである。

 そうした国という名の栖の中に押し込まれていると、後から詰められた者より前に詰め込まれた者から腐蝕していく。悪臭を漂わせ気を失いそうになるほど眩む息を吐き出すように言葉となってあちらこちらに振りまいて回る。そう、それは無茶暴言の限りであって、横柄で凶暴な……時には奇奇怪怪な振る舞いをしてくるものだ。これは異世界の生物のことでも新たに見つかった新生物のことでもなく――矮小な知を持ったばかりに傲慢な態度をとり続ける、いつまでも大船に乗った気分でいる愚かな人間たちのことなのである。

 しかし、そんな風に誰かが考えたとしても世界の規模は大きすぎて全てが繋がらない限りは虚空の彼方へと飛んで行ってしまうものだ。だからこそ、人は何度でも過ちを繰り返す。

 そんな過ちが、戦火とともにまた一つの国の中で絡まり始めようとしていた。

 

 大陸の北部にはクァレダ地方の六つの国から連なる群衆国、トーヴァルニヤ帝国がある。大陸北部の七割程を占める大国で、水源や鉱物を含む数多の天然物質、畜産物に栄養の質が良好で作物が良い状態で育てるのに適した健康的な土壌。それに加え人工的な汚染も少ないことから新鮮な作物や魚介類が獲れ、他国からの買い付けも多く流通や外交も盛んであった。その恵まれた環境と豊富な資源があることから「現世の楽園」とまで称されたトーヴァルニヤと言う土地がそこにはあった。

 トーヴァルニヤ帝国は北部に存在しているということもあり冬季では豪雪となって時には死者も出る程の事態であったが、誰もがそのクァレダ地方トーヴァルニヤから出て行こうとはしなかった。理由は十人十色で様々な意見があったが殆どの人間は「安定した生活がここでは約束されている」と口にしてどれを取っても幸せそうな表情を浮かべていたのである。――しかしその安定した生活と言うのは実に曖昧な定義であり、誰もが平和という意味合いでの安定した生活を求めている訳ではなかったのだ。この天下泰平な世の中を是非とも我が物の為に――そう願う人間も少なくなかったのである。

 そんな身勝手で邪な考えが生まれてくる中、一つの事件が起こる。その事件とはかつては農民や畜産を稼業としていたルルア地区という場所があった。そこでは皆が皆助け合いながら過ごしており、人々は温厚な性格ながらも決断力があるという同じ国内での中では最も自立ができていた地区だったのだ。その多彩な平和が存在している一つの地区であるルルアの中心にある川の畔で、変死体が発見されたのだ。その変死体というのは殺された者の首が無かったり身体の腸は疎か皮まで全て剥がされていたりと散々たる光景であった。それも一度だけではなく二度三度と、月を追う度に死体の数は増していきルルアの人間たちを恐怖のどん底に陥れた。そしておかしな事にその変死体というのは全て男であり年齢や身分は関係なく数々の屍が血の鈍い臭いと共に漂っていたのである。

 その事件は瞬く間にトーヴァルニヤ一円に知れ渡り、時の皇帝ガッセ・ルイヒ・トーヴァルニヤはあまりの惨劇の様に暫く王座に座れなかったのだという。それはトーヴァルニヤが忙しく原因究明に勤めていたからであるが、その熱心さ故皇都であるサーデンを不在にすることが増えてしまったのである。それを知ったサーデンの市民からは不安と疑問視をする声が高まっていき、自分自身の生活の行く末を考え時には暴動化したことも少なくなかった。その事象はトーヴァルニヤ全域に広がり各地に飛び火した。

 もちろんその事はルルアにも情報が入ってきていた。しかし、ルルアの人々は事件の中心に居たということもあり特に気にすることも無かった。また皇帝トーヴァルニヤがいた事もあってそれどころではなかったのだ。トーヴァルニヤもルルアの人々の心中を案じて足繁く通い事件の経過に力を注いだ。だが、帝国の長で責任感の強かったトーヴァルニヤの性格が災いして再び事件が起こる。それは、トーヴァルニヤ暗殺であった。

 トーヴァルニヤはルルアに向かう途中で側近の兵を連れていたにも関わらず何者かに襲われ命を落とした。その事件から四年後の秋に、新たな被害が出るところで主犯の一人が当時のトーヴァルニヤ兵団に発見され即日処刑された。しかし、その主犯がどこの国の者なのか、詳細な情報を聞き出す前に殺めてしまった為真相は闇の中となった。――強いて言うならば凶行の張本人はサーデンの人民ではないのか、そんな噂が出始めたのも丁度その直後であった。誰かが濡れ衣を着せようとして言った可能性も否定出来ないが、サーデンは皇都であったのだが年々若い人間の増加に悩まされていた。またその同時期に、トーヴァルニヤが命を落としたルルアから殆どの人が消えたのだ。それに伴いサーデンの若い人口が年々上昇していった。これは明らかにサーデンの仕業と、トーヴァルニヤ全地区から非難の声を浴びた。中には誘拐されただとか殺されたのだとか出処の分からない情報で帝国の中での雰囲気は迷いの極みであった。もはや誰が犯人なのかそうでないのか……次第にトーヴァルニヤ各国の人間たちの心は荒み疑心暗鬼となって――遂にトーヴァルニヤ人民同士の殺し合いへと発展してしまったのだ。

 そして、その時代を生きていた人々の中には「人間たちの考え方や素行に怒りを覚えた神の戒飭(かいちょく)」と比喩される程大きくクァレダ地方は揺れ動いたと言われている。

 そこからの分裂はあっという間の出来事で、一つの国だったトーヴァルニヤ帝国は四つに統合分類されサーデン王国、ガベレア共和国、ブワッカ王国、そして僅かな人間が残って出来上がったルルア国へと分裂して啀み合いの日々が何年にも渡り続いていく。実質サーデン王国は、真否は不明であるが確かに若い人口が増えて戦うための道具や資源の中心にあったため次第に勢力を拡大し他を圧倒していく。この「現世の楽園」という名は皮肉にも戦うための人も物質も揃っている事に一役買ってしまっていたのだった。

 そして――その炎の盛の衰えが見えない戦いの中、今の状況を変えてしまうかもしれない出来事がまた起きる。それはルルア国とサーデン王国の国境にある、サーデン王国で三番目に大きく重要な役割を担うチルーアと言う名の砦で、人の手で起きたと思われる火災が起き、その砦を取り巻くように十数名の人間が取り囲んでいた。その砦を囲んでいたのは、サーデン王国の隣りにあり過去にサーデン王国の人間に民を大虐殺をされてしまったと言われているルルア国の人間たちだった。

 

 

「ひっ……ひぃっ……! まだ、まだ死にたくはない……!」

 火の手が上がり、身体が燻されてしまいそうな程熱い中を一人の初老の男が、恐怖に慄いた面持ちで這い蹲るように生存を求めて逃げ惑う。上等な布で織られ綺羅びやかな装飾品であしらわれた衣服を煤で汚しながら男は情けない声で鳴きながら進んでいく。そうして男が辿り着いた場所、そこは火の手がまだ回っていない石の壁が冷たくそびえ立ち行き先を阻んでいる武器庫であった。

「い、行き止まり……! ええい、何でこんな所に武器庫など造ったのだ! ……待てよ、ここにある武器で応戦すれば……例え戦いの知識がない私でも少しぐらい勝ち目だって――」

「――それで? そんな鈍(なまく)らを握ってどうなさるつもりだ、ジェラルド・デューイ卿」

 肩をびくつかせジェラルド・デューイは萎びた長髪の白髪を震わせながら声のする方へと向き直る。その声がした方向。二名の部下を隣に従え、美しい白銀色に中分した前髪とその長い髪を靡かせながらマーレニツカ・ゾンバルトが待ち構えていた。彼女の片手には剣が握られ、ジェラルドの姿を切れ長の瑠璃色の瞳は馬鹿にしたような様子で見つめ佇んでいた。

「ゾ……ゾンバルト!? 貴様……極小の総隊長ごときが……! 軍神と讃えられ図に乗った屑め……! 貴様は軍神などではなく雌豹だ!」

「ふん。べらべらと、これはまあよく喋る干物だな? そのような貧弱な身体でその槍など持ち上げ、いや握ることが出来るのか……?」

「くっ……くそう! 小馬鹿にしおって! 貴様などこの槍で充分だ!」

「ほう……? そのか細い槍で私と戦うには充分とな。面白い。このゾンバルト、歓んでお相手致そう」

 マーレニツカはそう言って剣を両手で握りジェラルドに向き直る。互いが武器を構えて睨み合う。その瞬間、マーレニツカの側にいた部下たちの脚が動き、それを感じ取ったマーレニツカは低く小さな声で抑制をかける。その様子を見たジェラルドは眼を血走らせながら、マーレニツカ以外の人間が入ってこないことを確認すると追い詰められた状況であるにも関わらず小さく歯を見せた。

「で、でやああああああーっ!」

 雄叫びとともにジェラルドは上半身を一杯に使い矛先をマーレニツカに向けて突き刺す。しかし、力任せに槍を突いたために細い柄は歪み矛先の行く先は振れて空中を漂った。あまりにも情けない様子にマーレニツカは、滑稽だとばかりに鼻で笑い彼女の剣の背で軽く矛先をいなす。その反動で脚を躓きそうになってもジェラルドは尚マーレニツカに刃を向け続けるのだった。

「ふんっふん! なぜ、当たらぬ!?」

「ははは。愉快だぞジェラルド卿。槍も細ければ貴方の身体も、知性も同じだな? そよ風が吹けばあっという間に真っ二つになるのではないか?」

「ぐ……ぐうう……! ゆ、許さぬッ! 死ね……死ねッ!」

「……。ふっ……。爺のくせに口だけ達者とはな。情けないこの上無いことよ――」

 マーレニツカは瞼を閉じて溜息にも似た小さな息を吐き出す。すると次の瞬間、彼女は急に自身の身体を倒し前のめりの体勢を取る。あまりにも突然の出来事にジェラルドは驚いて動きを止め攻撃の手も止める。ジェラルドは突然取ったマーレニツカの行動に混乱して少しの間棒立ちになって目の前を眺める。そしてマーレニツカが姿勢を低くしたことに気付き攻撃を加える絶好の機会と捉えジェラルドは槍の柄を掲げ彼女に向けて振り下ろそうとする。――しかし、彼の目に映り込んできたのは既に何かで切断された槍の柄、もとい切断された木の棒だけであった。

「あっ……あれ――」

「遅いわ、愚図めッ!」

 マーレニツカはそう絶叫しながらジェラルドに詰め寄る。そしてその言葉とともに彼の朽ちた枝のように細い腕が宙を舞ったのだった。

 

「――あ……? ぎ、ぎゃああああああああああっ!?」

 

 ジェラルドの片腕を切り落とし、両手で剣を握り上段の構えのままマーレニツカは彼の姿を睨む。彼女のその瞳には殺意が溢れだすように渾渾と漲っていた。

「ち……血だぁ!? 痛い……痛いッ……!」

「痛いか……? お前たちがいい加減な命令を出し一般の民を戦場へ押し込み殺した時と同じ痛みなのだぞ? このような状況になって漸くその重大さに気が付いたか!? 安心しろ、その痛みが消えるようもう一つの腕も切り落としてくれるッ!」

「ヒィッ! や、やめてくれ! い、今ならまだ今までの失言は目を瞑る! だから……」

 ジェラルドがそう言い終える前に、床からは槍の柄が床に張り付き甲高い声が響き渡る。同時に水気を含んだ肉が地面に落ちる音も同時に聞こえ、床は次第に赤黒い色に染まっていく。白銀色の髪を彼の血で汚しながら、剣を振り下ろした体勢のままマーレニツカはまた睨みつけていた。

「ぐああぁ……!? う、腕が! 腕がないッ!?」

「はっ! たかが腕を切り落とされた位で嘯(うそぶ)くな! 首があるだけで有り難いと思え!」

「はぁ……はぁっ……! た、頼む……! 命だけは、助けてくれ……! そ、そうだ! 貴嬢が望むのなら其方の故郷ルルア国周辺で起きている一辺の事を鎮ませててやろう! 貴嬢が望むのは和解だろう、争いの終結だろう!? ならばこの私が鶴の一声でなんとかしてみせる! 権力はあるのだ、ルルア国とガベレア共和国、ブワッカ王国やこの国サーデン王国は無益な戦いで明け暮れることはなくなる! それでも足りぬというのなら何でもくれてやる! 金か、権力か、領土か――」

「……。この期に及んで命乞いか。見苦しいわ!」

 地面に座り込むジェラルドをマーレニツカは蹴飛ばし床に倒しこむ。そして彼女の手には剣が握られ、彼を踏みつけながら剣先をジェラルドの口元へと近づける。

 ジェラルドの抑制の声が響く中、マーレニツカは躊躇すること無く剣先を彼の口内へ突き刺す。そこから悲痛な叫びとともに血液は噴水となって溢れ出す。その凄惨な様子にマーレニツカの部下たちも流石に眉を歪め、上官の行動を抑制すること無く静かに立ち尽くしていた。

「ごっ……! ふぶ……ッ!」

「……どうだ痛いか? 長きに渡り略奪された地という理由だけで虐げられルルア国で生まれた我々の誇りさえも踏み躙ってきた、温々と暮らしてきたお前たちが今更何を言う! 金だと権力だと領土だと!? そんなものだけで賄えるならば争いなど起こるものか! 何でもくれてやるといったな、ならば国を自由自在に操る力を寄越せというのだ! 陰で小さく身を潜めて過ごしてきた我々ルルア人の痛みに比べたらこれ位の痛みなど安いものだろう!? 金や権力、領土など当然だ。国を再建させるための影響力と人材がなければ我が望みは叶わぬのだ! その望みを叶えるためにお前の微々たるその権力とやらで何が出来るというのだ!?」

「あ……がっが……う、ゔ……。……」

「聞こえぬぞッ! 我々に聞こえるようにはっきりと申さぬかッ! 優秀な素を求めずに、何を求めよと言うのだ!?」

「マ、マーレ様! 度が過ぎます、これ以上は看過できません! 彼は既に死んでおります! どうか……どうか、お鎮まり下さい……!」

 口元には泡が噴き出し、我を忘れ大逆無道な振る舞いをするマーレニツカの行動に彼女の部下は遂に動き出して二人がかりで彼女の身体を押さえつける。そうした抑制があって初めてマーレニツカは手を止め肩を上げて呼吸をし始める。彼女たちの下に転がっていたものは、怒りにも似た強い力が込められた剣先は何度も肉を突き刺した、もはや肉片と言うに等しい光景。そして、それにより夥しい血液で塗れ顔中の肉という肉が辺りに飛び散り、普段ならば見ることも出来ない筋肉さえも飛び出している変わり果てた姿のジェラルドの亡骸だった。

「……。マーレ様、トレイシー……怖かったです」

「……私も、です。マーレ様の意思が強いとはいえ……ここまで惨たらしいと、流石に……」

「……。すまなかった二人とも。少々頭に血が上り過ぎてしまった……」

 最初に抑制を掛けた、茶髪に一つ縛りの長身で体型の細い二十歳になったばかりのマーガレットと、薄色のツインテールに小柄で十代後半程のトレイシーが息を上がらせているマーレニツカの腰を挟みこむようにして彼女に抱きついていた。その様子にマーレニツカは慕ってくれている部下へ惨状を見せてしまった事に自省し、詫びる気持ちを現すように今まで握っていた剣と血で濡れた手袋を放り捨てて彼女たち頭を撫で始める。そのマーレニツカの施しに二人は心地よさそうな表情を浮かべたのだった。

「……マーレ様……」

「ふふ、良い子だトレイシー、マーガレットよ。二人とも此度の砦陥落に於いて私の側に付き良い成果を出してくれた。心より感謝する。……ルルアに戻った後、君たちには褒美をくれてやらねばな」

 マーレニツカはそう言いながら二人の頭から手を離し彼女たちの背中や腰、尻臀を静かに且つ優しく撫で回し始める。そのマーレニツカの手の運びに二人は身震いをしながら、彼女からの施しに感嘆の声を漏らしていた。

「あんっ……! マーレ様ぁ……」

 マーガレットはマーレニツカからの施しに我慢が効かなくなってマーガレット自身の身体を自らの身体を弄っているマーレニツカの身体へと押し付けて快感を求める。マーレニツカの腕や太腿はマーガレットの興奮する気持ちによって濡らされ、それを見たマーレニツカも濡れた部分を拭うように彼女の秘部を擦り穿り回す。それにまたマーガレットは興奮に声を荒げた。

「ああ……! マーガレット、ずるい……」

「んっ……んぅ……! マーレ、さまぁ……」

「ふふ。さあ二人とも今はここまでにしようか。さもないと三人まとめて丸焼きになってしまうよ。今丸焼きになって良いのはこの屑だけだ」

 そう言いながらマーレニツカは視線を地面に落とす。彼女の向けた視線の先には、つい先程まで生存の求める声をあげながら顔を潰され音さえも立てなくなったジェラルドの姿であった。

「……マーレ様……このおじ様は、何をしたのですか? トレイシー、良く解りません」

「……。此奴はな、我らが救いの主の故ガッセ・ルイヒ・トーヴァルニヤ皇帝陛下に暗殺を命じた一人だと言われている。最近までは単なる噂でしか無かったのだが、洗いざらいその当時の資料や皇帝陛下が暗殺された時の資料を目が潰れるほど読んでみた。するとどうだ、此奴は今と同じように皇帝陛下の参謀役だったのだ。皇帝陛下には無礼だが、あの方はどうも軍事は苦手のようでな何でもかも和解で済ませようとしていたらしい。それ故戦いが発生しそうな場合に此奴を頼り教えを請いていたそうだ。こいつもまたサーデン王国を我が手にと野望を持ったものだと、一般民に化けてサーデン市へ出た時にそこの騎士らが話していたのだ。実に卑劣なお方だよと言っていた。……私の推測だが、自らが実権を握るために、何度もルルアへ向かうように唆し皇都の市民から反感を買わせるような雰囲気を作りこみ皇帝陛下を皇位から引きずり下ろし混迷の中に紛れ乗っ取ろうとしたのではないのか……そのように思うのだ。そうでなければこのような辺境の地に足繁く通うまい。自らが王座に座るための下準備といったところか、各地の砦を歩きまわっているのは。……市民の目を逸らすために皇帝陛下をルルアに通わせたのは誤算だったようなジェラルド卿? 我らルルア人は導いてくれる人間に対して例え死後であっても意思を引き継ぐ。かつて皇帝陛下が願った帝国の更なる繁栄を私は必ず実現してみせる。お前のような自らが一番という考えの者に国の再建など有り得ぬ。……安心して眠るが良い。そして地獄に落ち二度と人間に生まれ変わるな、蛆虫野郎め」

 そう言葉を吐き捨て、マーレにツカに倣ってマーガレットたちはジェラルドの姿を改めて見る。二人の瞳には先程まであった僅かな情けの色は消え、マーレにツカの言葉を聞いた四つの瞳は軽蔑の色で溢れかえっていた。

「……マーレ様! マーレニツカ様は何処へ!」

「む? この声はパウラか。こちらだ!」

「……! こちらにおいででしたか! マーレ様、マーガレット、トレイシーご無事で何よりです!」

 炎が燃え盛る中から頬を煤で汚しながら大剣を背負ってパウラが姿を現す。彼女はマーレニツカたちと同じルルア人ではないがマーレニツカの意思に共感して異国人ながら戦いに参加している。彼女はマーレニツカが率いる小さな軍隊の中隊長で戦いの指揮に於いては一番にマーレニツカが信頼を寄せる人物である。パウラは黒色の三つ編みの髪を揺らしながらマーレニツカたちの前に跪く。

「良いぞパウラ。して、何用だ? この砦の制圧に成功したのか?」

「は。この砦を動かす一味を捉え始末、この砦を再起不能にさせました」

「……皆始末したか? 取りこぼすと後々が厄介だ。誰一人生きて帰してはならぬ」

「勿論でございます。指揮官を初め兵、ここに溜まっていた数名のサーデン王国の政治家も始末致しました。……ですが」

 マーレニツカはパウラの言葉に反応して言葉の続きを促す。完全性に疑問を持ちマーレニツカは眉間に僅かな皺を作ってパウラの姿を見つめる。それに応えるようにパウラは顔をあげ真っ直ぐにマーレにツカの姿を見つめる。

「ここへ立ち寄っていたサーデン王国第四番騎士隊長、アニー・ヘーゼルダインの一名だけは始末せず身柄を拘束しております。最近になって名を挙げ始めた若き騎士ではありますが、隊長を務める程の実力ならば見込みはあるかと」

「ふむ……成程な。見てみぬことには判断しかねる。パウラよ、案内してくれ」

 その言葉にパウラは返事をして立ち上がり三人の前を歩きその場所へと導く。

 そうして四人は武器庫から遠ざかって行きその中にはジェラルドの遺体だけが転がっていた。そこから数分後、武器庫にも火の手が上がりあっという間に火の海と化した。剣と槍や弓が未だ主な武器として活躍している中でも爆破を目的として火薬を常備しておくことも珍しくはない。激しい火柱と爆発音は、そこに残されたジェラルドの亡骸さえも粉々にしたのだった。

 

 

 砦が遠くで炎でくるまれている様子が小さく見えている。ここはチルーア砦から馬を走らせ十分ほど離れた小さな丘の、ルルア国の国境付近である。

「く……っ! いつまでこうしているつもりだ! このまま生かされるのは耐えられない! もう殺せ……!」

 腕を縛られ二人のマーレニツカの兵に押さえつけられながらアニー・ヘーゼルダインは訴えを叫ぶ。それでもマーレニツカの兵たちは微動だにせず、彼女たちの主が来るまで静かに佇んでいたのだった。

「……ぐう、皆の分まで戦う事が出来ずにただこうやって居るだけだなんて……! 同士が次々倒れていく中、なぜ私だけがこうして生き恥を晒されなければならないのだ……! 国のために戦えぬ私など、何の価値も無い……」

 瞳に涙を浮かべ、赤髪のポニーテールを震わせながらアニーは無念の感情に沈み込んでいく。国を守るために、主君に忠誠を尽くすために自らの力を尽くしてきたのに、今は拘束という形で身動きを封じられている。そのことに彼女は、憤りを押し殺しながら力なく座り込んでいた。

「……それにしても、この砦を制圧したのは何者だ……? たったこれだけの兵だけであっという間に押さえつけてしまうだなんて……。……ルルア国の総ての兵を纏める者の名は……ええと、確か――」

 

「――ほう、この娘か。アニー・ヘーゼルダインという若き騎士は」

 

 アニーは俯いた顔をびくつかせながら声がした方に顔をあげその主を探す。馬が地面を蹴る音が静かになっていき、アニーを押さえつけていた兵たちは主が姿を現し敬意を表す。そして声の主、マーレニツカ・ゾンバルトは馬を降り白銀の髪を月光に輝かせながらアニーの姿を見下ろしていた。

「……貴女か、この騒動の幕引きは。ただでさえルルア国とサーデン王国の間では強い啀み合いが続いているというのに、これはどういうおつもりだ!? 小さな拠点とはいえ、力によって脅威を示したということには違いはない!」

「無論だ。そのつもりで私たちは戦いの火蓋を切ったのだよ。邪魔者は切り捨てるまでだ」

「なんと……! なんと傍若無人なのだ! 貴女、一国の軍を率いる者だろう! そんな身勝手な真似が許されるわけがない!」

「ふん。若き騎士よ、教養が無いならば口出ししない方が得策だぞ。一昔前のサーデン王国も同じようなことをしたのだ。それも種族を遺すための種を全て刈り取られ、我々は滅亡を余儀なくされた。しかし私は違う。私を含めた数名のルルア人と他の国から捉え従えた優秀な者たちも居る。私は再び帝国を再建するために剣を握りこの腐った一体を変えてやるのだ。それを拒む人間が例え赤子でも、私は容赦しない」

 そう言ってマーレニツカは剣を鞘から引き抜きアニーの前に突き出す。その様子とマーレニツカの言葉にアニーは目を丸くして小さく震えていた。

「……狂っている……! そこまでして何が欲しいのだ、貴女は!」

「狂っている? ふふ、良い響きだ。物を手に入れるとはこういうことなのだよ。一度は護身のために愚かな爺たちに食い潰されたトーヴァルニヤを元に戻したい……古きを捨てなければ新しきものは入らぬのだ。それを拒むというならお前にも痛い目を見ることになってしまう。……どこからが良い? 指一本一本を切るか、耳を剥ぎ落とし音を奪うか……それとも、この美しい形の鼻を削ぎとって美味そうなお前の血を浴びてやろうか……? ククク……」

 マーレニツカはアニーの顔に近づけ静かに、先程までの力が篭った声とは違い囁くように小さな声で優しく問いかける。そしてアニーの鼻には剣が添えられそのまま剣を落としたら鼻がずり落ちてしまいそうな位置に付けられていた。怪しく笑みを浮かべているその瑠璃色眼にアニーは初めて味わう恐怖に悶え、その感覚に耐えられなくなって彼女は肩を震わせながら失禁した。

「ふふふ……良い女だ。安心しろ、君は殺さん。その代わり君は私が貰う」

 アニーの顎を掴みあげ視線をマーレニツカの方へ向かせる。そしてマーレニツカはうっとりとした表情を浮かべるのであった。

 

「――アニーよ、我が妾(めかけ)の一人となれ」

 

 

 ルルア国。トーヴァルニヤ国の一地区として存在していた土地の名前である。トーヴァルニヤ皇帝の喪失から国が四分割されて遺された土地であり国である。しかし国と呼ぶには些か小さなもので、周辺の国と比べるとその差は火を見るよりも明らかで他の三国が押し入ってしまったらすぐに消滅してしまうのではないかと思うほどである。それでもこのルルア国は消滅せずに生き残っている。その事を支えている要因は、ルルア国の女性だけで編成された軍隊を率いるマーレニツカの手腕によるものだった。

 その小さな国の中の中心にマーレニツカの、もとい軍の拠点がある。自然が作り出した崖の下には中規模の建物がそびえ立つだけであって、軍の拠点と言うにはあまりにも粗末な物だ。だがその建物の下には幾つかの部屋が人工的に掘られて部屋が点在している。その構造は道を登ったり降りたりと、まるで蟻の巣のように場所を知るものしか分からない構造になっていた。

 点在している部屋の中には捕虜を閉じ込めておくための牢屋が何部屋か造られており、牢屋の中は眠りにつくためのベッドと辺りが見渡せる細い蝋燭があるだけでその他は土の壁だった。そしてその中に、マーレニツカの眼に脅かされ囚われの身となった、サーデン王国の騎士隊長アニー・ヘーゼルダインは腕を縛られ床に転がされながら監禁されていた。

「……うう……。何なんだ、あのマーレニツカという女は……。あの瑠璃色の目で睨まれたらいつの間にか意識を失ってしまっていた……。まるで妖術を掛けられたようだ……。それにあの容赦無い物の言い回し……数えきれないほど多くの人間を殺してきているに違いない……! ……情けない。数少ないとはいえ、人の目の前で粗相をしてしまうなど……」

 アニーは頬を赤く染めながら自らの股間をちらりと見る。マーレニツカに脅された恐怖で彼女は人がいるにも関わらず失禁をしてしまった。気を失ったとしてもその感覚は残っているようで、その辱めにアニーは土で出来た床で頭を何度も打ち付ける。

「……。あれ程の事をする悪魔のことだ、きっと私も殺されるに違いない。殺さぬと言っていたが、あくまで建前でありこのような密室で酷たらしく殺すのだろう……。あんな、気の狂った者に殺されてしまうくらいなら……いっそのこと――」

 風が僅かに入ってくる部屋の中の蝋燭は微かに揺れいつ消えてしまうのかと焦燥に狩られるように火の身体は小さく揺れている。その風が恐怖や無念で例えると、それは人間で例えることが出来る。アニーは今そんな状況に立たされ彼女は自らの舌を出し歯を立てていた。

「……こんなことになるなんて。騎士となり皆を守る立場となって幸せに暮らしたかったのに……。舌を噛み血がどんどん溢れてきたら、どういう風になってしまうのだろう……。し、死ぬ覚悟は入隊した時に決めたのに……こんなにも踏み切れないなんて、臆病者だ、私は……! ……。……国王陛下、父さん、母さん……こんなにも恥に塗れ無様な最期を遂げる事をどうか……赦して下さい――」

 アニーは声を震わせながら舌だけを出して口を大きく開ける。するとその事を遮るように部屋の扉は開かれる。その時、アニーは扉の方に頭を向けて横たわっていたものだから扉の角に頭をぶつける。小さくも鈍い痛みにアニーは悲しみとは違う物で声を震わせた。

「……。馬鹿な真似はよせ。そんな事をしても苦しく死んでいくだけだ。それが美しい最期と寝言を申すならば勝手にするが良い」

「……! マ、マーレニツカ……!」

「待たせてしまったな。先に謝ろう。さあ、私は君と話をするためにここへ来た。殺し合う必要はない。マーガレット、トレイシー、この部屋の外で見張っていなさい」

 その言葉にマーレニツカの側に立っていた二人は短く返事をして部屋の外に出る。二人きりとなったマーレニツカとアニーは互いに相手の顔を見つめる。アニーはどんな状況に対応できるよう緩みのない顔を、マーレニツカは先程のような形相は消えどこか見とれているような表情を見せていた。

「……何だ、私の顔など見て……」

「……。いいや、美しい顔だと思っただけだ。それに加えて気が強いとは、実に私の好みに合っているのでな。顔がにやけてしまいそうだよ」

「……!? な、何を言って……!」

 しゃがみ込み、両手で自らの頬を包みながらマーレニツカは笑みを浮かべる。それを見たアニーは焦りにも似た照れ顔を見せていた。

「ふふ、その顔も愛らしいな。もっとその顔を見せてご覧なさい」

「ばっ……馬鹿を言え――ってなっ……! わ、私の顔を触るな……!」

「ふうむ……二十は迎えていないか。君はトレイシーと同じくらいの歳かも知れないな。増々気に入ったぞ、ふふふ……」

  自由を奪われ身動きが取れないアニーの状態を良いことにマーレニツカは彼女の顔を両手で包み込んで言葉なく見つめる。アニーが抑制の声を上げる中、マーレニツカはそれに構うことはなく頭を撫で回したり頬を優しく指でなぞったりしていく。その時のマーレニツカの顔は惚け砦陥落の時に見せていたような表情はすっかり消え失せていたのだった。

「くっ……! これ以上私に辱めを与えてどうするつもりなのだ!? 侮辱も甚だしいぞ!」

「なんと、侮辱とな。これは施しだよアニー。私は殺すつもりの者に、例え女であってもこのような事はしない。それを、侮辱と言われてしまうのは心外だ……」

  マーレニツカの言葉に偽りはないようで、彼女は大事そうにアニーの顔を小動物を愛でるようにそっと触れる。マーレニツカはそういった心境があり、侮辱と例えられた事に少しだけ悲しげな表情を浮かべたのである。それを見たアニーはそんな彼女の表情をを見て思わず怖気付いて口を結ぶ。

「な、何故そんな顔をする……。そこまで悲しそうな表情をしなくても良いじゃないか……」

「……好意を寄せた相手に冷たくあしらわれて気持ちが良いわけがないだろう? 私だって心まで鬼ではないのだ。そういう風に虐げられたら傷付くさ……」

「う……」

  眉を下げ玩具を取り上げられた子どものように強請っているような眼差しをアニーへと向ける。今までにないマーレニツカの表情にアニーは更に狼狽えていく。垣間見せる情けの様子にアニーはまともな考えを出すことは出来ないでいた。

「そうだ、このままでは動きづらいであろう。……そら、縄を解いてやろう。これならば自由に動ける」

「……。……これは……」

 腕を縛られていた縄をマーレニツカは短剣で切断してアニーの身体を解放する。自由になった自らの身体を見つめながらアニーは部屋の様子を見渡す。この部屋には彼女とマーレニツカ、部屋にはマーレニツカの側近が二人部屋の外で見張りを行っている。他に注意を取られているマーレニツカには身体が接触しないように進めば捕らえられることもなく幸いな事にそれを行うのに十分な空間がこの部屋にはある。

 出来るならばマーレニツカとは戦闘は起こしたくない、アニーの中ではそんな考えが蔓延っていた。ぬかりなく行動を起こしている程の人間なのだから下手に戦闘を起こせばこちらに勝ち目など微塵もない。それに、僅かながら自分自身を初めて女扱いしてくれたマーレニツカとはなるべく穏便にやり過ごしたい。そんな僅かな妥協にも似た情けがアニーの中にまた芽生え始めていた。

 彼女が覚悟を決め、寝床がある方向に狙いを定め地面を蹴った――その時だった。

 

「――ふうむ。大きさも丁度良いな。やはり新品を持ってきて良かった」

「ぐっ……!? うぐぐ……!?」

 

 脱出を試みようとしたアニーの起き始めた身体は前に進むことはなく、宙を少し漂った後再び地面に落とされる。何が起きたのかとアニーは自らの身体を見て目を丸める。

 そこにあった物。自らの首からマーレニツカの腕にかけて鎖がその間を繋いでいたのである。

 状況が分からず右往左往しながらアニーは鎖を辿って自分自身の身体を弄る。アニーの首には朱色の丈夫そうな輪、動物を飼って絆いでおくための首輪が付けられ彼女の自由を奪っていた。その様子にマーレニツカは垂涎の眼差しを向けて極楽な表情を浮かべていた。

「な、何を……ぐっ……!?」

「実に似合っている……。愛らしいぞ? 私の妾になる前に少し躾をしておかなくてはな」

 アニーは地を這うように四つん這いになりマーレニツカの前にひれ伏す。

「め……妾……!? 何を言って……!」

「そうだ……。若く優秀な君の力が是非欲しいのだ。このルルアには私と外にいるマーガレットとトレイシー……そして今ここにはいないがクラリッサという娘がいる。この四名が我がルルア人軍勢であり、この四名こそ全ルルア国民であるのだ。その他の者……七名程はルルア周辺の者たちだ。亡命してきた者、国に追われ私が匿った者……経緯は様々だが今でも共に戦ってくれている」

「……!? そ、それ程とは……!」

「そうだ。これが愚かな戦いがもたらした結果よ。歳を老いたものはものは次々死にある程度若いものは殺された。まだ歩き始めたばかりの私の目の前で、私の両親は殺された。それは私より歳が離れているマーガレットたちも同じだよ。本当ならばもっと同胞はいた。だが制圧という名目で幼い子どもまで殺された。なんとかその中をくぐり抜け生き残ったのは我々、今生き残っている純粋なルルア人は我ら四名だけとなってしまった。……これが本当に人間のすることかと、幼い身でありながら心底疑問だった」

「……」

「しかし私は今、それと同じようなことをしている。――だがな、私はあの時のような無差別に殺すような見苦しい真似はしない。国を食い物にしている者たちが心底憎いのだ、私利私欲のために資源を貪っているのが哀れに思っているのだ。かつては豊かな人々が暮らしていた国を滅茶苦茶にしてしまったのだ。それは、君が忠誠を尽くしている君主やその取り巻きも例外ではない」

「……! 馬鹿な! 国王陛下がそんなこと――」

 マーレニツカの言葉を強く否定しようとしたアニーは言葉を取り上げられ首を釣り上げられる。拘束され力によって抑制を掛けられているアニーは締め付けられている首元を掴みながら藻掻くことしか、マーレニツカからの働きに対してどうすることも出来なかったのである。

「勘違いをしてもらっては困る。本当に良い人間というものは皆例外なく殺される運命にあるものだ。その善良に溢れる振る舞いをするが故、誰かしらに憎まれ恨まれる。その報いとして死という箱に入れられ忘却の彼方へと葬られて逝ってしまうのだ。……サーデン国王は表面上ではいい顔をしているのかもしれないが、裏ではきっとあれを寄越せだのあそこを潰せだの……そういった話ばかりだぞ? 少なくともこの地方の、帝国分裂時の当事者は独占欲の強い者ばかりでな、吐き気がしてくるよ」

「う……う、嘘だ……嘘だっ! そんなの……ぐっ……が……あぎっ……!」

「いけないな、現実を見るべきだ。そのような人間が支配をしている土地で平和が約束されていると、本当に思っているのか? ならばどこを横取りしようだとか戦いを起こそうだとか、そんな考えをするはずはあるまい。今はまだ規模は小さいがいずれ国民を戦場に駆り出し、我が家へ帰れない身体とさせるのだ。きっとそれを見て見ぬふりして笑い転げているだろうよ。……それでも尚君は国王陛下様とやらに忠誠を尽くすか? 君が忠誠を尽くすのは何だ? 抽象的な神か、国王か……若きながら植え付けられてしまった武人としての誇りか? そんなものは下らぬ、何の生産性もない。それらに忠誠を尽くすくらいなら私に従うのだ。豊かな生活も暮らしも両立させてみせる。……それさえも拒むというのならば……?」

 息を絶え絶えにして激しく咳き込むアニーに付けられた首輪を鎖を通して何度も何度も締め付けては釣り上げる。部屋には苦しそうなアニーの声が木霊している中、その様子にマーレニツカは恍惚(こうこつ)の眼差しを浮かべ口からは涎が垂れてきていた。

「ぐぐぐ……っ! うぐ、ぐっ……げぇ……っ! かひっ……!」

「ふふふ……本当に我が強い女よ。首はすっかり赤くなって苦しかろうに……」

 マーレニツカはそう言いながら手元の鎖を緩め苦しそうに咳き込み呼吸をしながら悶えるアニーの姿を見つめる。そして彼女はアニーの顎を指で持ち上げ、徐ろに懐から青色の瓶を取り出して蓋を開けアニーの口元へと近づける。それに気がついたアニーは目を見開いて抑制の声を掛ける。

「ゲホッ……! な、何をする気だ……!? や……やめてくれ……!」

 無言の中マーレニツカは尚も楽しそうな表情を浮かべて行動を取りやめる様子もなく静かに瓶を傾け始める。何をされるか判らない恐怖にアニーは目元に涙を溜め、口からは涎を鼻からは鼻水を垂らしながら、恐怖に慄く色を濃くして泣き出したのだった。

「や……やあっ……! やだぁっ――ぐ、んぐっ!? ぐ……ぐぐっ……!」

「……なに、殺すわけでも気狂いさせるわけでもないよ。ただ……君には私の身体無しでは生けられない身体にするだけだ。少しでも飲み込めばすぐに効果は出る。安心したまえ。私は魔術の心得もあるのでね、この薬はその心得に則っとって私が調合したものだ。魔術というのは戦うためだけにあるのでもなく欲望の道具としてのだけにあるわけでもない。魔術というのは施すためにあるのだ。だからこそ、このように薬だって調合する……もっとも、一般的な薬品と違って魔力があるがね」

「んっ……んぐぐっ……! ……ぷ、んん……! ――ぐっ!? ご……ががっ……ゲフッ! ぶぷ……げっ……うげっ――!」

 そう語りかけながらアニーの小さな口へと薬を注ぎ込んでいく。やがて、息をつく間がなく呼吸をしようとしてむせ返り、アニーは口内に溢れかえる薬品を隻とともに吹き上がらせ、飲み込む事に限界を覚え俯いて口の中に残る薬品を地面へと吐き出す。そして再びアニーは酷く咳き込み始めたのだった。

「よしよし、いい子だ。……さて、兆候は見え始める頃かな?」

「う……うう……。も、もう……何がなんだか……」

「……ふふ。初めの内はぼんやりとするものさ。だが、それが効果の兆しだ――」

 マーレニツカは再び鎖を握ってアニーを束縛して近くのベッドへと押しこむ。その衝撃にアニーは瞼を瞑る。そして彼女が静かに瞼を開けるとそこにはマーレニツカが彼女の身体に馬乗りしていた。

「な……何を……」

「こうするのだよ……失礼――」

 そう言いながら既に鎧が外されているアニーの衣服に手をかけて一気に剥ぎ取る。その勢いによってアニーの膨らみが大きめの乳房はその身体を揺らしながらマーレニツカの前へ姿を現したのだった。

「なっ……! やっ……やめて……」

「そう言うな。少しばかり私も我慢が効かなくなってきてね……私は女に囲まれた生活を長らくして来たものだから女にしか興味が湧かなくなってしまったのだよ。妾とはそういった意味で誑し込んだのだ。マーガレットたちルルア人も、その他の国の者たちも……君と同じように私の身体無しでは生きることの出来ない身体になっている。もっとも、抵抗したのは君が初めてだがね。それはそれで……くくっ、悦びが身体から溢れ出してくるというものよ……!」

 マーレニツカは至極光悦の表情を浮かべながら顕になったアニーの乳房を鷲掴みにする。するとアニーの身体は突如としてびくつき突然走る快感に身体を震わせて捩らせ始める。

「ひゃあっ!? な、何……これっ……! 身体が……!」

「ふふ、如何かね? これがあの薬の効果だよ。いつも以上に身体は敏感になり、いつもの倍の感覚が身体を駆け巡る……。だが、この様な感覚は私が触れた時だけだ。これだけでは物足りないと、他の者たちはそれぞれ相手を作って交尾に励んでいる。しかし、私が触れた時の感触には劣るようでね、皆私にせがんでくるよ」

「や……やだっ……! きもち……いい……!?」

 徐々に衣服を脱がしながらマーレニツカはアニーの身体のあちこちに口付けをしたり優しく肌をなぞったりしていく。その施しにアニーは大きく快感の色を孕んだ声を張り上げるのだった。

「ふむ……良い形をした膣口だ。これはまだ男女問わず経験がないな? それは好都合だ……んっ……ぢゅるっ……」

「――っあ!? あああっ! そ、そんなところ……だめぇ……っ!」

「んっ……ふふふ、良い味だぞアニーよ。快感が欲しくてこちらの口はだらしなく涎を垂らしているぞ……?」

 アニーの秘部を口で啜って、彼女の愛液で口の周りを汚したマーレニツカはアニーの秘部に纏わりつく愛液を指で掬って糸を引かせる。その様子をアニーは虚ろな目で見つめていた。

「少しばかり早いが、出来上がっているならば問題はないな。さあ、私にも君が味わっている快感を分けておくれ――」

 マーレニツカはそう言いながら自らの服を剥ぎ取ってアニーと同じように全裸になる。そして彼女はアニーの股を開いて自らの秘部をアニーの秘部へと近づける。マーレニツカもまた秘部をひく付かせ愛液が糸を引いて地面を目指して垂らしていた。

「え……あ……ひあっ――!?」

「んっ……! ふふ……どうだ、女同士だがこれが交わりだ。そら……どういう風にして欲しい? ほら……ほうら……!」

 腰を静かに、秘部で秘部をこね回すように円を描いていく。そしてマーレニツカは押しこむように自らの腰を使ってアニーの腰を動かしていく。秘部同士が優しく触れ合っていることによってそこからは水が弾き出されたような音が出て徐々に動きが大きくなっていく腰の動きに比例して、ベッドからは軋む音が大きくなっていく。

 アニーは声にならない自らの叫びが喘ぎとなって次々と吐き出していた。マーレニツカから一方的に行為を押し付けられているにも関わらず驚きの声から次第に心地よさそうな声色へと変わっていく。そしてアニーは更なる快感を求め僅かにではあるがゆっくりと腰を動かすマーレニツカに倣って静かに彼女も腰を動かし始める。それを見たマーレニツカは口元に小さな窪みを作って、アニーに応えるべくアニーの身体に自分自身の身体を覆い被せ抱き合うようにして腰の動作を速めていく。

 二人がかりで声もなく、ベッドを大きな軋みとともに動かすその様子は、まさに獣の交尾と呼ぶに相応しかったのである。

「……っ……あ! ま……ま、マーレニツカ、さ……」

「……。ふふ、私のことは、マーガレットたちのようにマーレとでも呼んでおくれ。私の愛称でね、そのように呼ばれると耳が慣れていることもあって落ち着く。変にマーレニツカ様と呼ばれるよりはずっといい」

「マーレ……様……マーレさまぁっ……!」

「ふふふ。いい子だ、アニー。……よし、そろそろ頂きを見せてやろう――」

 そう言ってマーレニツカはアニーの身体を更に強く抱きしめ腰の動きを速めていく。それに応えるようにアニーはマーレニツカの腰に自らの脚を絡ませてしがみつく。地面さえも揺るがすようなその激しさを物語るものは、絶頂を迎える寸前であるということが、明白なのだった。

 

「ああっ! マーレさまぁっ! ひゃっ! んあああああああああああああああああああああっ――」

 

 

「あっ……ああん……! パウラ……っ!」

「んふふ……クラリッサ、今日はいつも以上にすんなり入っていくね? 今日の戦いが激しかったからかい……?」

 マーレニツカの拠点の最深部。ここはマーレニツカの部屋であり同時に彼女に従う者たちが挙って集まってくる場所である。そしてそこでは夜な夜な同じ志を持つ者同士が集まり、マーレニツカが盛った薬の余韻を思い出すようにして仲間同士で激しく快感を求め合っていた。

 その中ではそれぞれが相手を見つけては服を脱ぎ捨て交尾に耽って部屋の中にはむせるほど甘い泣き声が部屋一杯に木霊していた。大剣を背負って戦場を駆けていた屈強そうなパウラもまた例外でなく、四人のルルア人の一人クラリッサの秘部を指で優しく愛撫しながら互いの身体を求め合っていた。

「皆すまないな。待たせてしまった」

「あ……! マーレ様!」

 行為を終え、ぐったりしているアニーを抱きかかえてマーレニツカは自らの部屋へと到着する。彼女が姿を見せるなり、その部屋に居た全員がマーレニツカの側に近寄るのだった。

「ああ……マーレ様……! 生き心地が致します……!」

「マーレ様、この娘ですか? 今回こちらの手数にしたいと言っていた……」

「そうだ。若いが手腕はなかなかの物だ。馴染めるよう可愛がってやっておくれ」

 マーレニツカはそう言いながら部屋の隅にアニーを横たわらせそのまま眠りに付かせる。その部屋に居た全員は新しい仲間を珍しそうに何人かは見つめ、指で頬を突いたりして様子を伺う。それを終えると、入り口付近にあるマーレニツカが座るために設けられた幅広い椅子に腰を掛ける。それを見た側に仕えていたマーガレットとトレイシーを始めとする数名が彼女を囲うように集まってきた。

「マーレ様……どうして私とトレイシーを見張りに付けさせたのです? ……あんな風に激しい声を聞いてしまうと……私……」

「……トレイシーたちも、えっちなことをして欲しいです」

「ははは。分かった、分かった。二人ともこちらに来なさい」

 マーレニツカの言葉にマーガレットたちは飛びつくように彼女の身体を挟み込む。そしてマーレニツカは何の躊躇もなく二人の唇に口付けををしたり首筋や二の腕などを舌でなぞったりしていく。マーガレットとトレイシーはその施しに甲高い心地の良さそうな声を上げながら身体を捩らせ、それを見計らったようにマーレニツカは両手で彼女たちの秘部へ指を潜りこませる。それにまた二人は声を荒げて噎び泣く様に快感に酔いしれていった。

「ああっ……ああんっ! マーレ様ぁ……!」

「ふああっ……! んうっ……!」

「ふふ、いい子たちだ。……私は君らがいつまでも安心して過ごせるように努力をしていく。それを成し遂げるために君たちの力を貸して欲しい。そうすればいつまでもこうしていられるし、私も君たちをずっと……ずっと見ていられる。……どうかな」

 その言葉に、マーレニツカを囲んでいる全員が頷き彼女の身体にすり寄せ甘え始める。その様子にマーレニツカは白い歯を見せ笑みを浮かべた。

「ふふふ……結構だ。私に従ってくれる限り君たちを死なせるつもりは毛頭ない。安心しておくれ、この小さな国と呼ぶには危ういこのルルアから帝国を再建してみせる。……明るいぞ、我々の未来は……! ククク……――」

 

 栖というものは、何時の時代も共鳴し合い志の向かう先が同じ者たちが挙って近寄ってくる場所のことを指す。例えそれが世間が向かっている事に逆らっていたとしても、偽善がもたらす醜態の群衆であっても同じことなのだ。つまり栖という場所というのは良かれ悪かれ帰りの切符のない汽車の様なものであり、同時に大量の亡骸を押し込んでおくための捨て場に等しいのである。

 だが意志が強いのであれば例外があるのかもしれない。この小さなルルア国に根付く蟻聚の栖は、その事を証明するのに十年と掛からずに実現させてみせたのだから……。

 

 

 

 

 

 

紛擾のトーヴァルニヤより Ⅰ -蟻聚の栖-(完)

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 蟻聚の栖/2015.10完結作品(2015.12 , 2016.3 , 2016.8加筆修正)

次章:紛擾のトーヴァルニヤより Ⅱ -ゼスス ヌイ ソヴォルダンテ- 【R-18】 - 趣味のおもちゃばこ

 

●あとがき

 如何だったでしょうか。この年のこの時期は三人称視点を沢山書いていまして、前回のつきあかりのルナ・ルナーに引き続きこちらの作品を掲載しました。

 このお話はまだ続いていて現在も鋭意製作中です。お話のコンセプトとしましては「差別・哀愁に苛まれているダークな世界」です。雨宮の実生活の中でも当時の世相でも目につく酷い事件やあからさまな差別を数多く目にしていたので書き始めたような気がします。

 雨宮も偉い人間ではないので発言力というものが乏しいですが、こういった媒体で表現できればと書いた次第です。

 

 物語の観点から行くと、このお話は雨宮の中で「どうしようもない主人公シリーズ」と位置づけています。だってロリコンで仲間になって欲しい人を妾と呼んで慕わせるなど、並大抵の人間がすることではないじゃないですか…作者も呆れています(嬉しい

 私が書く百合でえっちなお話にしては珍しくとてもどす暗い話ですね、これは。でもたまにはいいかなと。結構楽しんで書いていた雨宮が居るのは秘密。(前述したことが台無し)

 しかしながら、この頃はまだ文章に甘さが目立ちますね。えげつなくぶっ殺していると言うのは伝わりますが、いまいち憎さを孕んだ情熱というものが感じられません。あえて書いた当初のまま掲載しているとはいえ精進しなくてはならない部分であります。

 

 ですが知人や公開すると結構な評価を頂いておりまして嬉しい限りであります。それをバネに見方や内容を改善して書いていきますのでお楽しみに!

 

 では、今回はこの辺で。

 

著作:雨宮 丸/2015 - 2017