読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

趣味のおもちゃばこ

メタル・ロックと百合とたこやきとお話を書くことが好きな私、雨宮 丸がつぶやく多趣味人間のブログです。

つきあかりのルナ・ルナー

『いつまでも守りに入っていたって奪われてしまうものは奪われてしまうから……。だから私は戦うの。それで誰かが助かるというのなら――』

***************************************

 海よりも遥かに広い宇宙には沢山の星たちが散らばっているといいます。とても大きなものから目を凝らさないといけないような小さいものまで、それらは数えきれないほど沢山あってその中に私たちが住んでいる地球もあるのです。特に生き物たちが過ごしている星は、おそらく両手の指を折ることで済むほど少なくそれらを探すことはとても気の遠くなることになるでしょう。そして私たちは見えないからといって「地球以外の星に生き物が住んでいる確率は限りなく低いだろう」と勝手に決めつけている人たちもきっと居るのかも知れません。

 けれど、本当にそうなのでしょうか? もし、私たちが気が付いていない所で楽しく星の住人たちが過ごしているとしたら……。とても怖いのか、興味深いのか、何とも思わないのか……。それは人によって考え方も思い方も違ってきますしどれも間違いということもありません。でも物事に興味を無くしてしまうことは毎日の気付きも、楽しいことを見逃してしまっていることでしょう。探しものを見つけるということは「もしかしたら」という気持ちを持つことが大事なのかもしれませんね。そうすれば簡単に見つかるのかも……。

 ほら、ちょうどそこに……月の陰に隠れている小さな星があるではありませんか! それにその星からは楽しそうな声が聞こえてきそう。そんな風に思えるほど月の光はその星に柔らかく輝きを与えています。どうやらこの星には笑顔が大好きな星の人たちが住んでいるようです。

 楽しげな声たちに思わず吸い寄せられてしまいそう……。今日はちょっとだけ、その星の中を覗いて見ることにしましょう――

 

 

 大きな月の近くにある小さな星。ここは「極夜(きょくや)の世界・ポーライト星」と呼ばれている太陽の昇らない星です。その星の中はとても暗く一年中暗闇に包まれていました。唯一光が差し込んでいる物といえば、近くの月が太陽の光を反射させて照らす月の光だけで、空には沢山の星々と一緒にとても大きく映る月があるだけなのです。その他のものは私たちが住む地球と同じで、空気や地面、森や山そして海までも広がっています。

 そんな私たちでも住めそうな世界の中に、赤い目を凝らし顔を出して辺りを見渡す四つほどの影が姿を現したではありませんか。彼らは「ポーラビット」と呼ばれる生き物で、地球に住んでいるウサギの耳と瞳を持ち、見た目は私たち人間と同じ姿形をしていて衣服を纏っています。言うなれば「ウサギビト」といった所でしょうか。そんなポーラビットたちはどうやら行き先を決めたようで、列をなして丘の方、「ブレンホーツの丘」へと歩いていきます。彼らが向かっている先に、この星の人々が作り上げた木でできた小さな小屋があり四つの小さなポーラビットたちはそこを目指していたのでした。

 一方その頃の小屋の中。部屋の中には住むために用意された机や台所、眠りにつくためのベッドと、ここは誰かが住んでいるようです。すると、ベッドの方からとても眠たそうな声とともに気が抜けるような情けない声が聞こえてきます。その声の主は白く細い腕を天井に突き上げながら力を込め始めた声をあげました。

「ううん……ふああ……。……ああ、折角ごちそうの夢を見てたのに……。一口も食べないで目が覚めちゃった……がっかり」

 そう言ってベッドから女の子が目元を擦りながら身体を起こして背を伸ばします。目を半分だけ開けて金色の長い髪の毛をボサボサにして、なんともだらしのない格好をしているこの女の子は、この星の住人ポーラビットたちとは少しだけ違い長い耳も無ければ赤色の瞳を持っていませんでした。その代わり女の子は私たち人間より長く尖った耳を持ち、瞳には綺麗な翡翠色が浮かんでいます。さて、ポーラビットではない彼女は一体誰なのでしょう……? すると、女の子がもたもたしながら眠りの世界から覚めようとしていると、目覚ましのように小屋の扉は賑やかに叩かれて女の子を起こすのでした。

「――ルナルナー? 起きてるー? セリニたちだよー!」

「……ふふっ、今日も元気に来てくれたんだ。嬉しいなぁ。でも……もう少し遅く来てくれるともっと良いんだけどなぁ……」

 女の子はルナルナと呼ばれ笑顔で立ち上がりとても嬉しそうな表情を浮かべました。

 

 ルナルナと呼ばれた女の子は、この星で唯一のポーラビット以外の住人。空に浮かぶ月から生まれ、この星に優しく差し込む月の光と星の人々を守っている「月の精霊ルナ・ルナー」なのでした。

 

「はーい! みんなおはよう! 今日も早いね……?」

「あはは! ルナルナったらまた髪の毛ボサボサだ!」

「ルナルナはホントお寝坊さんだよねぇ。僕たちはとっくの前に起きてたのに!」

 ルナ・ルナーの家に集まっていたのは小さなポーラビット、ポーラビットの子どもたちでした。彼らもまた月の光から生まれた人々で両親や肉親というものを持って居ませんでした。なので彼らは仲間とともに行動しており生まれてくる新たなポーラビットを育てたり見守っていたりしているのです。だから皆はいつでも仲良しで、言ってしまえばこの星に住むポーラビットは皆が家族のようなものなのです。

「こぉら、人を指差して笑わない! だって……めんどくさいんだもん、髪の毛を直すの……」

「ダメだよー、髪の毛を直すことすら面倒がったら。セリニが直してあげる!」

 そう言ってポーラビットの子どもたちの中の一人の女の子がしゃがみこんで話をしているルナ・ルナーの元へと近寄りました。この女の子の名前はセリニ。月の光の中から生まれて四ヶ月とちょっとが過ぎたまだまだ幼いポーラビットの子どもの一人です。

 ポーラビットの人々は私たち人間と同じように歳をとっていきますが、彼女たちは人間とは違って歳をとる早さが違い、長く生きて二十年ほどと言われています。人間で言う所の百三十六歳……想像は付きにくいですがその年齢になっても人間のお歳を召した人たちと変わらない姿をしているのです。年齢が進むのは早いけれど見た目は若々しいままのようです。

「あらあら! ありがとうセリニ。いつも私の髪の毛に櫛を通してくれて」

「もう、しょうがないなぁルナルナは! セリニにが居ないとホントダメなんだから! ……えへへ……」

 セリニはそう言いながらルナ・ルナーの髪の毛を自らの鞄に入れていた櫛を使って優しく梳かしていきます。セリニより歳が上のルナ・ルナーに褒められた彼女ははにかみながら笑って、嬉しそうに淡い桃色の二つ縛りの髪の毛と茶色の毛並みの耳を揺らしていました。

「うふふ……。さてと、それでカマルはどうしたの? なんだか浮かない顔をしてるけれど……」

「う、うん……。あのね、ルナルナ……またお腹が痛くなっちゃってさ……いつもみたいに治してほしいなって……」

 カマルと呼ばれたポーラビットの子どもの一人の男の子はぎこちない笑みを浮かべながらルナ・ルナーの姿を見つめていました。どうやら体調を崩してルナ・ルナーに助けを求めに来たようです。

「カマルったらね、また食べ過ぎてお腹壊したんだってさ。僕は知らないよって言ったのに……」

「う、うるさいなー……。俺はフェンガリみたいにガリガリになりたくないから一杯食べるんだよ」

「誰がガリガリだって!? コイツ!」

 ルナ・ルナーがカマルに具合を聞いていると、詳しい話をし始めたもう一人のポーラビットの男の子、フェンガリと口喧嘩を始めてしまいました。フェンガリはカマルのふくよかなお腹を、一方のお腹が痛いと言っていたカマルはそんな様子を忘れてしまいそうなほど素早く身体を動かしてフェンガリの頬を掴み始めて喧嘩を始めてしまいます。

 その様子に驚いてセリニともう一人の女の子のレヴォネは慌てて二人を止めに入ります。けれど、セリニたちより力の強いカマルたちは彼女たちの止めにびくともせず、勢い余ってカマルたちはレヴォネの事を突き飛ばしてしまいました。突き飛ばされってしまったレヴォネは地面に倒れこんで、それによって腕にすり傷を負ってしまいその痛みに泣き出してしまったのでした。

 その様子を見たセリニはルナ・ルナーの髪を梳かす事を止めてレヴォネの側に駆け寄ってなだめ始めます。それでも尚カマルたちは喧嘩をすることを止めません。二人の男の子の気持ちは分かるけれど、怪我をさせてしまっては誰もいい気分にはならないのに、二人は喧嘩をしたままでした。

 

 ――その時です。

 

「――コラッ! 二人ともいい加減にしなさい! 回りが見えなくなるほど暴れるんじゃありません!」 

 眉を吊り上げ、先ほどまでの優しさ溢れるルナ・ルナーの顔はどこかに行ってしまい、ルナ・ルナーの翡翠色の瞳は怒りの色を混ぜてカマルたちを立ち上がって睨んでいました。その様子と大きな声で男の子二人は身体をびくつかせて横目でルナ・ルナーの姿をちらりと見ます。するとそこには明らかに怒っているルナ・ルナーの姿があったのでした。

「二人とも分かってるの!? セリニとレヴォネが止めに入って、レヴォネがカマルたちに突き飛ばされて泣いちゃったんだよ? 喧嘩をすることよりまずレヴォネに謝りなさい! それでも直さないというのならここから出て行きなさい!」

「だ、だって……フェンガリが……!」

「カ、カマルが悪いんだぞ!? 僕のことをガリガリって――」

「はいはい、やめやめ! カマル、カマルだって他の人に太ってる、だなんて言われたら面白く無いでしょ? だからそんな風に人の姿を馬鹿にしちゃダメ。フェンガリ、嫌なことを言われたからってすぐ手を出すなんて一番やってはいけないよ。そんなことしたら相手もフェンガリもどっちも嫌な気分のままになっちゃうじゃない?」

 怒鳴り声から一転して二人をなだめるような声でルナ・ルナーはカマルたちを落ち着かせます。その様子にカマルたちはルナ・ルナーの話を大人しく聞いていたのでした。

「今の二人にとってはどちらも正しいこと。けれどその正しいことは悪いことでもあるの。どちらかだけが正しくてどちらかだけが悪いだなんて私は思ってない。でもね、レヴォネを突き飛ばしてしまったことは、二人がとても悪いと思うな。だってレヴォネは二人の喧嘩には関係ないし、良かれと思って止めに入ったのに突き飛ばされて……二人がレヴォネと同じ状況だったらどう?」

「う……。ご、ごめんさない……」

「……ふふ。謝るのは私じゃなくて、ね。さあ、ほらほら」

 カマルとフェンガリの口から謝りの言葉が出ると、ルナ・ルナーはにこりと笑って二人の手を握ってレヴォネに謝るように促します。その様子を見ていたセリニとレヴォネはルナ・ルナーと同じように笑っていました。

「レ、レヴォネ……ごめんね、突き飛ばしたりして」

「僕の方からもごめん……。もう喧嘩はしないよ……」

「……ううん大丈夫だよ。二人がそう言ってくれるなら私も嫌な気分にならないし……ありがとう」

「はい、良く出来ました! いい? また二人が喧嘩したら今度はとーっても、にがーっいお薬を出しちゃうんだからね?」

「ええ!? そ、そんなぁ……!」

「あはは、冗談だってば。それじゃカマル、お腹痛いのを治すいつものお薬を持ってくるね。それとレヴォネの傷の手当もしなきゃ。いつも言うけど、魔法の力で出来てる薬だから飲み過ぎないこと! あと、食べ過ぎないように気をつけること。分かった?」

「は……はぁい……」

 こうしてルナ・ルナー言葉で慌ただしかった雰囲気は消えて、いつもの様に笑い声が溢れる普段通りの光景が元に戻されたのでした。

 ……おや? そんな五人の姿を遠くから何か黒い影が見つめているではありませんか……? ふとルナ・ルナーが偶然そちらに目を向けると、その黒い影は慌てたようにして姿をすぐに隠しました。気のせいだろうと、ルナ・ルナーは気に留めることはなく小屋の中へ入っていくのでした。

 

 

「ルナルナは凄いね。あんな風に怒る所初めて見たよ」

「ふふ。あんな風に喧嘩されちゃうと悲しくなっちゃってね。何が悪くて何が正しいって……そういう風に区別されることが嫌なだけだよ。……だから私、争い事って嫌い……」

 カマルたちの事件が落ち着いて、それから四人はそれぞれの所へ帰って行きました。でもセリニだけはルナ・ルナーの所に留まって、またルナ・ルナーの髪の毛に櫛を通していたのでした。

「それにしても良かったの? 私の髪の毛を梳かすだけのために他の皆と別れちゃって。皆と遊びたかったんじゃない?」

「ううん。今日は皆で遊ぼうって決めてなかったし、カマルたちと来たのだってセリニが偶然ここへ向かっていたからだし。それに、ほっとくとルナルナは髪の毛そのままにするだろうしさ」

「う……確かにそうかもしれないけど……」

「かもしれない、じゃなくてそうなんでしょ? ふふふっ……」

 セリニにそう言われルナ・ルナーは本当の事を言われて顔を引きつらせます。それを見たセリニからは笑い声が聞こえてくるのでした。

「あとは、いつもの髪型にして……。三つ編みを二つ作って、真ん中を髪留めで……。……はい、おしまい。ルナルナは折角綺麗な金色の真っ直ぐな髪をしてるんだからきちんとお手入れをしなきゃダメだよー。もったいないなぁ……」

「アハハ。ありがとうねいつも面倒見てくれて。私、セリニにばかり頼っちゃってるね……これはなんとかしなきゃ……!」

「……えへへ、直さなくてもいいよ! そうじゃなきゃセリニが面倒を見なくてもよくなっちゃうじゃない?」

「そ、それは何だか複雑……。でもそう言ってくれると助かるよ! こーんなかわいい子に面倒を見られているだなんて私は幸せだなぁ……」

「お、大げさだよ……! セリニ、そんなんじゃ……でも、えへへっ……。あ、そうだ。はいこれ! いつものやつ作って持ってきたよ! ルナルナが大好きなクク。冷めない内に一緒に飲もうよ」

 セリニはそう言って櫛を入れ替えるように鞄の中から水筒を取り出しました。水筒の蓋を開けると、中からとても白く温かそうな湯気が現れてそれとともに甘く鼻の奥にまで届くようないい香りが立ち込めてきます。セリニは水筒の蓋をコップの代わりにして中に入れてある『クク』という飲み物を注いでルナ・ルナーに手渡し、ルナ・ルナーは嬉しそうな声をあげて水筒の蓋を受け取りました。

 ククというのはこのポーライト星に住む人々によく飲まれている飲み物で、この星に住んでいる人ならば誰もが知っていて誰もが喜んで飲む人気の飲み物のこと。そしてククはポーライト星の空に沢山横切る流れ星のかけらから出来ていて、その飛び散ったかけらを集めて粉にしてお湯で溶かし、レゴリーという月の光が降りた夜に舞い降りてくる光のかけらを一緒に入れて飲むといいます。レゴリーは舐めるととても甘く、地球で言う所の砂糖と同じなのです。

「……ああ、美味しい! ふふ、私もククをよく作るけれど、やっぱりセリニが作ってくれるククが一番美味しいや。肌寒いこの星だと助かるね……温かい……」

「……えへ。ルナルナってククを美味しそうに飲むよね。ほら、口の周りが溶け残ったククの粉まみれ……まったくもう」

「ん……もごもご……」

 ポーライト星は一年中が夜のため気温が上がらず毎日肌寒い風が吹いています。なので星の人々は薄着をするということもないし、ククのような温かい飲み物を口にして毎日を過ごしています。そして今も……冷たい風に吹かれたルナ・ルナーは寝て起きたままの格好だったので寒さを感じてくしゃみをしてしまいました。口の周りを汚して、重ねてくしゃみをして、それらをセリニに口を拭いてもらう面倒まで見てもらって。ルナ・ルナーがお姉さんなはずなのに、まるで子どもみたいな素振りをセリニに見せているのでした。

「うう、そういえばまだパジャマのままだった。どうりで寒いわけだね」

「……気付くの遅いよ……。……ねえ、ルナルナ。ルナルナって魔法を使うことが出来るんだよね? こう、魔法でパパっと着替えちゃったり出来るの?」

「うーん、あはは。私の使える魔法はそういうおとぎ話に出てくるようなものじゃないんだ。もうちょっと別な……こう、誰かを助けることが出来る魔法……かな? だから魔法の力を使ってお薬だって作れるしさ。それに私は月の精霊ルナ・ルナー。空に浮かんでいるお月さまの力を貰っているから、使えるのは月の魔法だけ。魔法というものには程遠いかもしれないけれど、特別な力だというのは間違いないかな。でも、どうして?」

 ルナ・ルナーはふとセリニが質問をして来た理由を尋ねます。それに対してセリニは少しだけ考えながら喋り始めました。

「……いつもね、ルナルナはお薬を作ったり、お月さまの力を借りて皆が困っていることを解決して助けてるでしょ? それがね、とても格好良くて……。セリニがとっても小さい頃からそういう手助けをしているのを見て「ああ、私もこういう風になりたい……」そんな風に思ったんだ。それは今でも変わらないけれど、ちょっとでも憧れのルナルナに近付けれたらって思って……いつもこうやってくっついて歩いてるの。……ごめんね、ルナルナからしたらセリニは邪魔かもしれないのに……」

「……。ふふ、そんなことないよセリニ! 私はセリニのおかげでちゃんとやれてるんだし、文句なんてないよ! それにしても憧れ、か。えへへ、そういう風に言われちゃうと照れちゃうなぁ……。お月さまからはいつも「これ! いつまで寝惚けているのだ! きちんとしないか!」って叱られていたのにね……ふふ」

「ええ……。もしかして、ルナルナってその性格ずっと変わってないの……?」

 セリニはそんなルナ・ルナーの話を聞いて少し呆れた表情を見せ、その様子を見たルナ・ルナーはおどけるように舌を出して笑みを浮かべています。

「もう……折角ルナルナみたいになりたいって思ってたのに……魔法だって……ブツブツ……」

「……。ふうん? セリニは、魔法が使えるようになりたいの?」

「……! う、うん……。あのね、セリニにもね……皆を助けられるようになりたいの。どんなに小さなことだって良い。みんなが喜んでくれるなら……! だからセリニはルナルナみたいに――」

 

「――あんまりこんなことは言いたくないけれど、止めておきなさい」

 

 月を見上げて興奮したようにセリニは自分自身の夢をルナ・ルナーに話していきます。けれどルナ・ルナーからは思いもよらないような、低く重い声が聞こえてきたのです。それに驚いたセリニは思わずルナ・ルナーの方を向いてもう一度聞き返しました。それでも、ルナ・ルナーからの返事は変わらないのでした。

「ど……どうして……?」

「理由は……思った以上に大変なことだから、だよ。この力はね教えれば使えるようになる魔法ではあるの。でも、それを使えるようになるにはうんと、ううんとお勉強をしなくちゃならないし、沢山お稽古や修行……とってもつらい目に遭うことになるの。いつだったかな、セリニみたいに魔法が使えるようになりたいって言ってきた子がいてね。……もう何千年前の話になるけど、その子がまじめに取り組もうとしたから私も一生懸命教えて、修行をさせたの。でもね……そんなある日、その子は突然来なくなってしまった。理由は何となくだけど分かっていた……日に日にその子から段々笑顔が無くなっていくんだもの、辛いんだって……それに気が付いた時はとても胸が苦しくなっちゃって。落ち込んだかな、その時の私は……ね」

「……そんなに前に……」

「うん。もっとも、このお話はポーライト星でのことではないけれどね。私は……そういう事を体験しちゃったから、セリニには……とても懐いてくれているセリニにはそんな目には遭って欲しくないよ。何分、セリニはまだまだ幼い。絶対できないというわけではないけれど、逃げ出したり身体を壊してしまうことだってある修行をさせるにはまだまだ早いの。だから今は、いろんな素敵なものを見て感動をして、いっぱい遊んで、たくさん食べてよく眠って……健やかで、相手のことを思いやれるような……。そんな、心のある人になりなさい」

「……。……心の、ある……」

「そう。……それに、私の前からセリニが居なくなっちゃったら、とっても寂しいよ……?」

 そう言ってルナ・ルナーはセリニの白い毛並みの耳を指でこねてセリニ言い聞かせます。ルナ・ルナーに触られて擽ったそうにしましたが、それでもセリニは難しそうな顔をして、出来ないことはないのに、ルナルナはどうして……? そんな風にセリニの顔には思いが浮かび、笑顔は段々と陰りが見えてくるのでした。

「……んん、ああ……。ちょっと長々と昔話しちゃったね。セリニ、あまり深く考えなくてもいいから、じっくり考えてみて? 考えて考えて、やっぱりってなったらまた私の所においで。そうしたらまた一緒に考えるから、ね?」

「うん……。分かったよ。ありがとう……ルナルナ」

「ふふ、どういたしまして! それからごちそうさま、クク美味しかったよ! またお願いね、セリニ! それじゃあまたね!」

 ルナ・ルナーはそう言って身体を伸ばしながら立ち上がります。二人は笑顔で別れを交わしルナ・ルナーは小屋の中へ入っていきます。

 ところが、セリニは歩き出そうとはせずそのまま立ち止まりいつまでもルナ・ルナーの後ろ姿を見つめていたのです。そしてセリニはまた寂しそうに赤い目を揺らして、しばらく降り注ぐ月の光に照らされていたのでした。

 

 

 元気のない足取りでセリニは、ルナ・ルナーが住んでいるブレンホーツの丘から少し離れた場所の「マウゴジャタの湖」の畔(ほとり)へとやって来ていました。セリニは湖の水面に顔を少しだけ出して月が映る湖の中を覗き込んでいます。水面に映るセリニの顔は、最後にルナ・ルナーと話した時と同じように寂しそうな表情なのでした。

「……はあ……。どうして、ルナルナは……。ルナルナなら、教えてくれると思ったのに」

 セリニはそう言いながらしゃがみこんでそのまま黙りこんでしまいました。言葉はなくセリニはただただ、近くにある小さな石を掴んでは地面に落としたり水の中へと入れたり、指で石を突いたりしてぼんやりとしていました。

「……ダメだよ、セリニ。ルナルナだって辛いことがあって、セリニを思ってああ言ってくれたのに。だけど……どうして、こんなにモヤモヤするの……? セリニ、ただルナルナみたくみんなのために……助けてあげたいのに……。何もすることが出来ないなんて……」

 セリニが黙りこんで少しした頃、セリニは口を開いて立ち上がりました。そして彼女は顔をあげて、空に浮かぶ月を見つめます。そのセリニの赤色の瞳にはすがるような気持ちが混ざっていました。

「ねえ、お月さま。セリニの声が聞こえているなら、教えて……? ルナルナはどうやってもセリニに魔法を教えてくれないの……? ……まだ教えられていないから大きくは言えないけど、どんなに大変な勉強でも辛い稽古や修行でも……何があっても耐えてみせるから……セリニに魔法を教えて欲しい。……それじゃダメなのかな……?」

 静かな湖畔にセリニの声だけが響き渡ります。大好きなルナ・ルナーから魔法を教えてもらえず、幸せに暮らしなさいと、ルナ・ルナーからそう言われてセリニは今ひとつ納得がいかないようで一人で何度も何度も悩み続けます。ルナ・ルナーはセリニのことが大好きだからあえて止めるように言ったのです。けれどまだ幼いセリニはその意味がよく解らず、ただ単に突き放されてしまったと思ってしまっているようです。そうしていると、セリニはそんな後ろ向きな思いばかりが膨れ上がっていき、やがてセリニの大きな赤色の瞳から大粒の涙がポロポロと溢れ出してきてしまったのでした。

「……どうして……? どうして、誰も答えてくれないの……? 別にふざけてるわけでもないのに、遊びだと思ってるわけでもないのに……!」

「……」

「ねえ……! お月さま……。セリニには、ルナルナみたいな魔法使いには……なれないのかな……?」

 

「……なれるさ」

 

 すると突然、セリニしか居ないはずの湖からもう一人の声が聞こえてきたではありませんか……? セリニはその声に驚いて辺りを見渡します。振り返ると、そこには黒く目までもが前髪で隠され、黒色のストールを羽織った男の子の姿が……。彼はポーラビットの人たちのようにウサギの耳がありません。一体、いつの間に居たのでしょう……?

「だ……誰……?」

「そんなに怖がらなくてもいいよ。ボクは……ルナ・ルナーの知り合いでね。ルナ・ルナーと同じ魔法使いさ」

「……! ほ、本当!?」

「本当さ。なんなら後で彼女にボクの名前を聞いてみるといいよ。ボクの名前はクレイ。ルナ・ルナーと同じ月の魔法を使えるのさ」

 クレイと名乗る男の子はそう言いながら笑みを浮かべます。ルナ・ルナーという名前を知っていると聞いて、セリニは彼の話を信じて色々と質問をぶつけます。その質問にもクレイは難なく答えるので、セリニはすっかり彼をルナ・ルナーの友だちと思ったのでした。

「はは。よっぽど魔法使いになりたいみたいだね? その気持ちをボクにもっと教えてくれよ」

「うん! あのね……」

 クレイにそう言われてセリニは自分自身が魔法使いになったらどんなことをしたいのか、皆がもっと喜んでくれるためにしてあげたいこと……何もかもをクレイに語っていきます。

 セリニはしたいことを語っていく中でルナ・ルナーに対する想いも語っていきます。ルナ・ルナーはのんきでだらしないところもあるけれど、本当は誰よりも皆のことを思っていて心優しく穏やかな暮らしを愛している素敵な人だと。興奮にも似た感情を思わず溜息を混じらせながら憧れの人のことを話しました。少しだけセリニの中の世界を語っているにも関わらず、クレイは一切嫌な顔をせずに笑顔でセリニの話を聞いて深く頷いていました。

 でも、笑みを浮かべるクレイの口元は妙に釣り上がり、少しだけ舌を出して口の周りを舐めだしたではありませんか……。話を聞いて喜んでいるとは、なんだか違うようです。笑みを浮かべてしめしめと思っているような、そんな笑い方をしています。

「ははは。セリニ、君はルナ・ルナーのことが大好きみたいだね? そんなに沢山ルナ・ルナーの名前を呼んでいるなんて……よっぽどだね」

「え……えへへ。だってルナルナを見てると、格好良くて……ドキドキしちゃうんだもん! ルナルナは、セリニの憧れで、ずっと一緒にいたいと思う人だから――」

「――ふうん……? なるほど、そりゃ丁度いいや……!」

 セリニが喜びで身体を揺らしていると、突然クレイは笑い出しました。その笑いは可笑しいからでも面白いからでもない不気味な笑い声。その笑い声にセリニは肩をびくつかせてクレイの姿を見ました。するとそこにあったのは、先程まで静かに話を聞いてくれていたクレイではなく、どこか企んでいるような笑みを浮かべたクレイの姿でした。

「え……えっ……? ク、クレイ……? どうしちゃったの――」

「どうもしないさ。ただ……こうするだけさ!」

 その声とともにクレイはストールを巻き上げ両腕を掲げます。セリニは突然の出来事に小さく驚きの声をあげましたが、特に不思議なことは起こりません。何だったのだろうと、セリニは恐る恐るつぶっていた瞼を開きます。すると――

「わっ……!? きゃああああああああああっ!?」

「ははは! まあ随分とベラベラとルナ・ルナーのことを喋って、良い情報収集になったよ。ありがとう、セリニちゃん……?」

「い、一体なんなの……!? きゃあっ!」

 なんとクレイはストールの下から影のように真っ黒で腕に形取られた物を使ってセリニの身体に巻き付いて縛り付けたではありませんか! セリニはその様子に為す術なくただうろたえることしか出来ないのでした……。

「いいことを教えてあげよう。実はボクはルナ・ルナーの友だちでもなければ知り合いでもない……むしろ逆さ。光り輝く月の精霊が居るせいでボクたち影の精霊たちは困っているのさ。やっと探し当てたルナ・ルナーの住処……今日こそ傷めつけてやらなきゃね……!」

「なっ……! ひ、ひどい! 騙したのね!? ルナルナのお友だちだからって信じてたのに……! 嘘つき!」

「はははっ! 騙される方が悪いんだよ! 疑りもせず話したのは君の方じゃないか。自業自得だよ」

 セリニは騙されたことの怒りを抑えきれずクレイにその怒りをぶつけていきます。それでもクレイは怯む様子はありませんでした。それどころかクレイには増々力が漲って、影の腕を使ってセリニの身体を持ち上げてしまったのです……!

「やっ……やだぁっ! 離してぇ!」

「それは出来ないなぁ。話を貰っただけでも充分だったんだけど……君には誰よりもルナ・ルナーを想う力が強いようだ。これは強力な武器になる……影は光を取り入れた分だけ強くなっていくもの。それがルナ・ルナー相手ならなおさら……目には目を歯には歯を……ってね!」

 次の瞬間、セリニを押さえつけている影はセリニを掴む力を強めてセリニから光を外に出させ、それを取り入れ始めたではありませんか! その光を吸い取って影はどんどん大きくなっていき、クレイの姿がどんどん変化していきます。

「う……! うううっ……!」

「くくくっ、あはははっ! 凄いぞ、これが金魚のフンのように纏わりついて憧れを抱き続ける子どもの力だとは……! これなら、ルナ・ルナーに勝てるかもしれない……!」

 セリニから光を取り込み続け、影は最後の光を取り込んでしまいました。想いという光を全て奪われてしまったセリニはぐったりとして力なく影に支えられています。それと同時にクレイの姿はどんどん変化して……!

 

「……!? ル、ルナルナ……っ!?」

「……へええ……! 強さ余って形すらもルナ・ルナーになるなんて……! くくくっ、面白いねぇ……!」

 姿を変えたクレイが変身したもの。それは髪の色や髪型も、顔も……普段着ているルナ・ルナーの薄い灰色のワンピースと白色のケープ、檜皮色(ひはだいろ)のブーツまでもそっくりそのままに変身したクレイの姿があったのです……!

 

「……おや、目の色までは変わらなかったか。灰色のまま……まあいいや」

 クレイはセリニを影で縛ったまま従わせて湖の水面を覗いています。立つ力さえも無くなってしまったセリニはどうすることも出来ませんでした。

「確か杖の呪文は……。……ルーナ・ルパタス!」

 クレイがそう唱えると、なんと光が差し込み棒状になって、月の印がついた杖が姿を現したのです。それを見てクレイは再び笑い声をあげるのでした。

「おお。これは上出来だ……! さて、ちょっと小手調べをしたいところだ……ん? あんな所に人が……。……ようし」

「……! や、やめて! 関係ない人を傷つけるなんて……!」

「うるさいな。君は黙って見ていればいいんだ。……そうすれば、何もなくて済むからね……ハハハ……!」

「だ……ダメッ……! や、やだっ……! ……て、……けて……!」

 セリニの言葉にクレイは耳を貸さず、偶然目に入った人の元へと近づいていきます。このままでは大変なことに……! そんな中、セリニは力が篭もらない声を振り絞って、助けを求めて涙で霞んだ声のまま叫び出すのでした――

 

「――ルナルナ……っ! 助けて、たすけて……っ!」

 

 セリニは自由を奪われたままクレイの成すがまま。ルナ・ルナーの目が届かない静かな場所で大きな事件が起ころうとしています……!

 クレイに捕らわれたセリニはどうなってしまうのでしょうか……!

 

 

 その頃のブレンホーツの丘。今もまたルナ・ルナーの力に助けを求めて一人のおばあさんがルナ・ルナーの元を訪ねてきました。このおばあさんはモーネという名前で、ポーライト星でとても長く生きているポーラビットの一人です。

「……はい、モーネおばあちゃん。これで終わりだよ。ちょっと前までは杖をつかないと歩くのがままならなかったのに、今は元気に歩けてるね! 良かった! でも油断はしちゃダメだね……レヴォネ、立ち上がるのを手伝ってあげて?」

「うん! はい、おばあちゃん。私の肩に捕まって……」

「おお、おお。ありがとうよ二人とも。まったく、歳をとると身体が言うことを利いてくれなくてねぇ……。二人みたいに若い娘たちが面倒を見てくれていると心強いよ。感心するねぇ」

「まあ、ありがとう! えへへ、褒められちゃったねレヴォネ? そう褒められたら、私ももっと頑張らなきゃね」

 モーネおばあさんから褒められルナ・ルナーは嬉しそうな表情を浮かべそれを見たレヴォネも笑みを浮かべます。

 レヴォネもまたセリニと同じようにルナ・ルナーのことを手伝ってくれている一人で一日の大半をルナ・ルナーとともに過ごしています。ルナ・ルナーから頼まれたのではなくレヴォネとセリニたちからすすんで手伝っているのです。そんな二人の姿に感心してルナ・ルナーは二人の気持ちを受け取り手伝ってもらっているのでした。

「……そういえばレヴォネよ、セリニは一緒じゃないのかい? いつもルナルナと居るのに、珍しいじゃないか」

「そう言われると……。レヴォネ、セリニと一緒じゃなかったの?」

 レヴォネは二人からの質問に自分自身の短い紫色の髪を揺らして知らないことを伝えます。それを聞いたルナ・ルナーは目を逸らし遠くを見つめながらレヴォネの答えを聞いていたのでした。

「珍しいこともあるんだね。いつもならセリニ、ニコニコしながら飛んで来るのに……」

「うん。いつもセリニが居るところにも私たちの家にも居なかったし。私にもどこに居るかなんて分からないや……」

 そんな話をしながら三人は揃って首を傾げます。誰かのために手伝ってあげることが好きなはずのセリニが真っ先に来ないなんて珍しい……どうしたのだろうと、互いを見つめて考えていました。

 

 今頃のセリニは……ルナ・ルナーたちの知らない所で大変な目に合っているとは、想像が出来ないことでしょう……!

 

 そうしていると突然、痛々しい泣き声がルナ・ルナーたちの方へ大きくなってどんどん近付いていくるではありませんか。どうしたのだろうと思い真っ先にルナ・ルナーはその声のする方へと駆け寄ります。するとそこに居たのは、泣きじゃくるカマルとカマルの手を引きながら怒ったような表情を浮かべているフェンガリの、さっきも来た二人でした。

「ど、どうしたのカマル……!? どこかすごく痛むの……?」

「どうしたもこうもあるもんか! ルナルナ、一体なんだって言うんだよ!? さっき僕たちレヴォネに謝ったじゃないか!」

「え……えっ?」

「うわああああああん! さっき、俺たちに……魔法で襲ってきたじゃないかぁ……! それで転んじゃって……痛いよ……! わあああああああああん……」

「覚えていないなんて言わせないぞ! 喧嘩だとかそういうの嫌いだとか言っていたくせに、ルナルナの方から手を出すなんて! あんまりだ!」

 フェンガリは興奮気味に、抑えきれない怒りをルナ・ルナーに次々とぶつけていきます。本当に何も知らないルナ・ルナーは、彼らの訴えにどうすることも出来なく、ただうろたえていました。

「ちょ……ちょっと! わ、私二人にそんなことしてないよ! むしろそんな卑怯なことしないよ!」

「うるさいやい! 僕たちは見たんだぞ! 光を僕たち目掛けて撃ってきたり、ブーメランみたいなものを飛ばしてきたり……! あんなのが当たったら怪我どころじゃ……! 怖かったんだぞ……途中でルナルナはどこかに行っちゃうし……。本当に……もうダメかと……思ったじゃないかぁっ……! う……うわあああああああああ……!」

 フェンガリは今まであったことを話していきます。すると、よほど怖い思いをしたのでしょう。フェンガリもまた声を大きくしてわんわんと泣き出してしまいました。

 その様子を見てルナ・ルナーはさらに慌ててうろたえます。するとフェンガリが言った言葉が気になって二人をなだめようとして伸ばした手を止めました。

「……? 待って、ブーメランって……。もしやそれはセヂーチのことじゃ……!? 私この星では一回も使ったことないよ……!? それにブーメランみたいなのってことは……」

「あらあら、なんだい二人とも。そんなに大の男が泣きわめいたりして……一体何があったんだい」

「カマルにフェンガリ……!? どうしたの……?」

 カマルたちが泣いている様子を見てレヴォネたちも三人の元へやって来ました。あとから来たレヴォネたちは泣いているカマルたちを見てとても心配そうな表情とともにルナ・ルナーに代わってなだめ始めます。一方のルナ・ルナーは難しい顔をして何か考えているようでした。

「……。ねえカマルとフェンガリ。その……私のそっくりさんは何か棒みたいなのを持っていなかった? 私がいつも使ってる……ほら、これ。私、これがないと魔法を唱えられないんだ。お月さまの印もあったかと思うけれど……覚えてる?」

「ぐすっ……わ、分からないよ! ただ、僕はルナルナみたいな格好だなって思ったけど……」

「……ぐず、ずずずっ……。そういえば、杖をクルクル回してなんかやってたな……あれこれ何やってんだろ、って思ったけど……」

「……。おかしい。意味を分かって使っているならあれこれやらないはず……私なら尚更ね。それにしても……マイナの呪文もあるのに……一体誰なんだろう……ブツブツ……」

 ルナ・ルナーは眉に皺を寄せて考え込みます。そんなルナ・ルナーの様子にみんなが不思議そうに見つめています。

「ルナルナよ、お前さんがやったんじゃないのだろう? 何をそんなに考えているんだい?」

「……そうなんだけどね、おばあちゃん。何かが引っかかるんだ……前も、こんなことがあったような――」

 モーネおばあさんの質問に答えていたその時。ルナ・ルナーが顔をあげると、モーネおばあちゃんの後ろから何かがこちらへ突進しようとしているではありませんか……! ルナ・ルナーの翡翠色の瞳にもそれが映り込んで、彼女は咄嗟に身体を動かしてみんなの前に立ちます。そしてルナ・ルナーは月の印が付いた杖を、印が地面に向くように構えて呪文を唱えるのでした――

 

「――ルーナ・マイナ・シンクーェ!」

 

 ルナ・ルナーはそう言葉を叫ぶようにして唱えると、ルナ・ルナーたちは透明な光の壁に包まれたではありませんか! それが広がる頃にはルナ・ルナーたちに向かって突進してきた何かが宙を舞っていて程なくして光の壁に激突しました。それによってルナ・ルナーたちに怪我はありませんでしたが、光の壁は粉々になって砕けてしまったのでした。

 でも、ルナ・ルナーが作った光の壁は石をぶつけただけでは壊れるような物ではないのです。それが一回ぶつかっただけで壊れてしまうなんて……一体何がぶつかったのでしょう?

 ルナ・ルナーの後ろに居る四人が身を縮めて隠れながら何が起きたのかを考えていると、それをあざ笑うように空から笑い声が聞こえてきます。宙に浮かび月の光を背にしてこちらを見下ろす人物。薄い灰色のワンピースに白色のケープを身にまとい、金色の髪をなびかせています。その姿に見覚えがあり、その場に居た全員が驚きの声をあげたのでした――

 

「――くくっ……。やっと見つけたぞ、ルナ・ルナー……!」

「るっ……!? ル……ルナルナが二人……!?」

 月の光を背に笑みを浮かべる女の子。それは、ルナ・ルナーと瓜二つのの姿に変身したクレイの姿が、そこにあったのでした……!

 

「……あなたは一体誰? どうして私と同じ格好を……。もしや、関係のないカマルたちを傷つけたのは――」

「ル……ルナルナーっ!」

「……っ! セ、セリニ!? どうして……!?」

「ふん、黙っていればいいものを……。まあいいか。ボクのことは、そうだな……ルナティック・ルナーとでも名乗っておこうか。そうした方が区別がしやすいだろう? 

……ま、どちらを取ってもルナルナなんだけど……ね、ククク……!」

 そう笑いながらクレイ、もといルナティック・ルナーは五人を見下ろし続けます。それと同時にルナティック・ルナーが杖を構え始めたところを見てルナ・ルナーは機敏に動き始めました。

レヴォネッ! みんなを安全な所へ! 早く!」

「え……えっ!?」

「ぼやぼやしてる暇はないわ! さあ――」

「……遅いなぁ……? みんなまとめて空の旅へご招待だ! ルーナ・セッテ!」

 ルナティック・ルナーはそう呪文を唱えて力のこもった目をルナ・ルナーに向けています。それとともにルナティック・ルナーの杖から満月の形をした円盤が二つ現れルナ・ルナーたちの元へ襲いかかります。出遅れたレヴォネたちにぶつかりそうになったその時――

「ルーナ・マイナ・クアットロ!」

 その声とともに何かが壊れるような音がして、レヴォネたちは思わず目をつぶります。そして恐る恐る目を開けると、そこには杖を持っていたルナ・ルナーの手には光が伸びているように朧気な光があり、それは剣の形をしていました。ルナ・ルナーはその剣でルナティック・ルナーが放った満月の円盤を二ついっぺんに壊していたのでした。

「……ここは私が食い止めるから……さあ急いで! ……レヴォネ、あなた一人で大変かもしれないけれど、モーネおばあちゃんたちを……お願いね」

「う……うんっ! みんな! 早く!」

「……ル、ルナルナや……!」

 ルナ・ルナーにそう言われてレヴォネは忙しく動き始め、カマルたちを安全な場所へ行くよう促します。するとモーネおばあさんだけはすぐに動こうとはせず、ルナ・ルナーに言葉を贈るのでした。

「深い事情があるようだからあれこれは言わないけれど……無理しないでおくれよ……! ルナルナはばあちゃんたちポーラビットには欠かせない大切な子なんだから……!」

「おばあちゃん……! ……っ、うん! 必ず、セリニを連れて無事に戻ってくるよ! だから今は……さあ!」

 ルナ・ルナーの力強くも元気あふれる声にモーネおばあさんも笑顔で頷いてレヴォネたちの元へと歩んでいきます。レヴォネたち三人は皆協力し合ってモーネおばあさんを安全な所へ連れて行ったのでした。

「……待っててね、みんな。……さあ、誰だか判らないけれどそこの私のそっくりさん! セリニを返してちょうだい!」

「ふん……誰が黙って返すものか。この溢れるパワー……全部このセリニとやらの力で出来ているんだ。そう簡単に渡すわけにはいかない」

「……!? セリニの力……?」

「そうさ。コイツの有り余る力を吸い取ったらルナ・ルナーの姿にボクは変身したんだ。ボクの力は吸い取る対象の力で限りなく近い姿に変身できる。……悔しいけれど、ここまで完全に近い姿に変身したことはなくてね、ボクでもびっくりなのさ。そしたら……次から次へと力が湧き出てくる……! 同じ力を使えばルナ・ルナーを叩きのめすのも目じゃないだろう? さすがは、ルナ・ルナーみたいな魔法使いになりたいだのもっとみんなを助ける存在になりたいだの、ルナ・ルナーのことが大好きだから支えてあげたいだの……吐気がするほど暑苦しい想いが詰まっているだけのことはあるね」

「も、もうやめて……! もう誰も……傷つけないで……っ……ルナルナっ……」

「けれどそんな願いは、憧れの存在を打ち破ると言う形で訪れる。ルナ・ルナーを超えた存在は、このボクだという事実を掲げてね……!」

 ルナティック・ルナーは今まで影の縄で繋いで連れていたセリニを宙に泳がせます。セリニは地面に落ちること無くルナティック・ルナーと共に宙に浮かんだまま涙に顔を歪ませていきます。そして杖を構え直し、ルナティック・ルナーはルナ・ルナーへ真っ直ぐに、落ちるようにして突き進んでいきました。

「ぐっ……! はあっ!」

「へえ、戦いが嫌だと言っている割にはよく身体が動くじゃないか。これは面白くなりそうだ……!」

 剣と魔法の杖がぶつかり合い、いつもなら静かに風が吹き抜けていくだけの丘に鈍く激しい音が鳴り響きます。ルナ・ルナーとルナティック・ルナーの二人は互いに身体を翻したり激しく武器を振るったりして戦いを繰り広げていきます。けれど、ルナ・ルナーは何だか浮かない様子……。そしてルナ・ルナーはしきりに宙に浮かんでいるセリニの姿を確認しています。きっとルナ・ルナーはセリニのことが気になって仕方がないのでしょう。でも、気を取られすぎていると……!

「――! きゃっ……!?」

 大きな音ともにルナ・ルナーの身体は吹き飛ばされ近くの岩肌へと激突してしまいました。激突した衝撃でルナ・ルナーは顔を歪ませていると、ルナティック・ルナーはその隙を逃すまいと、再び杖を――月の印を空に向けて呪文を叫ぶのでした。

「終わりだ! ルーナ・マイナ・オット!」

 その言葉とともにルナティック・ルナーの杖から月の光の色を纏った光の筋が伸びていきます。ルナ・ルナーは襲い来る身体の痛みで動くことすら出来ずに、ルナティック・ルナーの魔法にすっぽりとくるまれてしまいました……!

「――きゃああああああああああああああっ!」

「……! ルナルナーっ!」

 攻撃を受けてもなお、ルナ・ルナーは立ち上がろうとします。けれど思った以上に身体への影響は大きく負った痛みにルナ・ルナーの脚は折れ曲がったように地面に着き、力なく身体を落としてしまいました。それを見たルナティック・ルナーは大きな笑い声とともに、再び宙に浮かされているセリニの元へと近づき、地面にひれ伏すルナ・ルナーを見下ろしたのでした。

 セリニの悲痛な叫びはルナ・ルナーの耳に届きました。けれどルナ・ルナーは……魔法の力によって打ちのめされていて、セリニの言葉が彼女に響くまでには遅すぎたのでした……。

「ハハハ……! いいザマだよルナ・ルナー! どうだい? 空に悠々と上がっている月が地面に突き落とされた気分は……? 所詮君が持っている力は、強力な武器ににしか過ぎないのさ! まったく愚かだよ君は! 力を自分のために使わないだなんて! 戦いたくないだか助けてあげたいだか何だか知らないけど、守る側が守られずにむざむざとやられるなんて、これは傑作だね! さてと、ルナ・ルナーを片付けたことだし、後はこの星を頂くだけだ。……それじゃあね、ルナ・ルナー。まだ生かしておいてあげるから、そこで君が守ってきた星を好き勝手にいたずらされるところをメソメソ泣きながら見ているといいさ……! ハハハ……アハハハハ……ッ!」

 静かな夜を背にルナティック・ルナーは大きく笑い声を上げながらセリニを連れて飛んでいきます。彼が向かっている先は、この星の住人が沢山住んでいる「ティコの街」があり、この状況を知らない沢山の人々が生活をしています。彼がそこに行ったら、考えることが恐ろしいほど大変なことに……!

「う……ううっ……! ま、まちな……さい……! セリニ……っ!」

 倒れ込んだルナ・ルナーはとても弱々しい声を出してどんどん小さくなっていくセリニの姿が映り、それは手をいくら伸ばしても届かないほど遠くへ消えていくのでした。その最中セリニの声と思われる声も聞こえてきて、それも段々と小さくなって、静かな丘に延々と響いていました。そのセリニから出された助けを求める声は、声が掠れてしまうのではないかと思うほど大きく悲しみが滲んでいたのでした。

 それを目の当たりにしてルナ・ルナーは顔を伏せて地面に転がる手を土が抉(えぐ)れるほど強く握りました。そしてそのルナ・ルナーの手は微かに震えて、強く握りすぎた事によって手の隙間からは、すっかり固くなった土が溢れ出してきたのでした……。

 

 ――傷付き倒れ込んだルナ・ルナーは果たして、セリニの助けの声を辿ってやって来るのでしょうか……。

 

 

 

「……。……ルーナ・ヴェンティ」

 震える声とともに、月の魔法の杖は空を目指して伸ばしそれからルナ・ルナーは呪文を唱えました。呪文が唱えられると傷付き立ち上がることが難しくなってしまった身体がまばゆい光が包み込み始めてルナ・ルナーの身体を暖めるようにして光は彼女の身体に入り込んでいきます。すると光を全て受け入れたルナ・ルナーの身体からは傷が消え、ルナ・ルナーは再び起き上がりました。

「……まさか、私にこの魔法をかける時が来るなんて……。……セリニ……」

 服に残った土汚れを払いながらルナ・ルナーは立ち上がり、空に顔を向けて静かに瞼を閉じます。

「……。守る側が守られずにむざむざとやられるなんて、これは傑作だ……か。……本当にそうだね。改めて私の無力さを知ったよ。……それから、セリニが私に打ち明けてくれたことの強さが今身を持って知った……何も変わってないや、私は……。知ったつもりになっていた。誰かが傷付くのが怖いから、助けるということでずっと逃げていた……確かに私は誰かの為に有りたいとそう胸に込めて今までを過ごしてきた。でも、私の為に力を尽くしたいと言う思いを、傷付けたくないという頑固な気持ちで……セリニのことを突き放してしまった……」

 ルナ・ルナーは首を横に振りながら静かに佇んでいます。そしてルナ・ルナーは少しだけ鼻を啜る音を響かせました。

「……お月さま、私は間違っていたのでしょうか。戦わなくても平和に……幸せが築けると思っていた、そんな願いは……。……難しいですね、答えというものを探しだすのは……」

「――。―――」

「……はは。半分正しくて半分間違いだ……か。もう、お月さまはいつも曖昧なんだから……」

 ルナ・ルナーはそう言って目をこすって再び瞼を開きます。ルナ・ルナーの瞳に浮かぶ翡翠色の瞳には少しだけ、赤色が混じっていたのでした。

「でも、こうなったらあれこれ考えてもしょうがないよ、うん。今は……私のことをこんなにも思ってくれたセリニを助けなきゃ。……あんな風に憧れを持ってもらって目標としてもらえると、嬉しい。大切なもの、大好きな人たち……大好きなセリニを守るためなら、力を振るわなければならない時が来る……何にしても綺麗事だけじゃ済まされない輪廻(りんね)の理(ことわり)の下にあるこの世界だから……。私は向き合わなければならない……そうでしょう? お月さま……」

「―――。――」

 ルナ・ルナーの言葉に応えるように空に浮かぶ月は光の強弱を変えて問いかけるルナ・ルナーに応えます。それを目の当たりにしたルナ・ルナーは可笑しいというような笑いをして、瞼を閉じ彼女自身の頬を何度も叩き再び瞼を開きます。

 その瞳にはもう、悲しみだとか迷いだとかは消えて、決心を固めたルナ・ルナーの力強い気持ちが宿って居たのでした――

「よし! 決めたのならいつまでもクヨクヨしてられないよ! 行かなきゃ! 大切なみんなを守るために……大好きなセリニを助けるために――」

「―。―――」

「……。ふふっ、やっぱり心強いなぁお月さまは! ……では、遠慮無く……!」

 そう言ってルナ・ルナーは頭上に浮かぶ月に向かって手を伸ばします。すると月からは今までにないほど眩しい光が差し込んできて……!

 

「――我が母、月よ。使命を全うするために光を授け給え。月の光を秘めたこの身体に、輝きという名の剣と盾を――」

 

 ルナ・ルナーがそう唱えると光が強くなった月から一筋の光が伸び、ルナ・ルナーの身体へと注ぎ込みます。月の眩しくも温かな光に包まれルナ・ルナーの身体は光を輝かせ、彼女の身体の底から力が爆発するように漲ってくるのです。そしてその光が一杯になってルナ・ルナーの身体から光が弾け飛びました。そこに現れたもの。月の顔と同じ月白色(げっぱくいろ)の髪を靡かせ、翡翠色の瞳は輝きを増し月の光を沢山に浴びて、先ほどよりも意思も力も勇気も倍に滾らせ力強い眼差しを持ったルナ・ルナーの姿。 

 ――つきあかりのルナ・ルナーは、大きな月の力を借りて守るべきものたちの為に再び立ち上がったのでした……!

 

「待っていてね。今、助けに行くから――」

 

 

 

「うう……! ど、どこに向かってるの……?」

「この先にある街へさ。あそこを住処ということにすれば一気に行動の幅が広がるからね。……その前に、こっちも片付けておかなきゃ。ボクの姿を最初に見た人たちが五人もいるとなるとルナ・ルナーを助けかねない。その前に……!」

 夜空を滑るようにルナティック・ルナーは空を翔けていきます。その早さからぶつかってくる風に悶えながらセリニはルナティック・ルナーに引っ張られていました。セリにの質問に答えたルナティック・ルナーはそれと同時に進む早さを緩めて下を見下ろします。するとそこには、大きく広がっている森の木々の間を縫うように進んでいく影がありました。その影は全部で四つ。それでいて頭からは耳と思われる長いものがそれぞれに付いて揺れていました。そこにいたのはそう、ルナ・ルナーが先に逃がしたレヴォネたちなのでした。

「……! 何を……する気なの!?」

「ははは……今更そんな質問をしないでくれよ。何をって……こうするのさ――」

 そう言ってルナティック・ルナーは杖を取り出して下で走るレヴォネたちに向けたのです。そして、ルナティック・ルナーは小さく呪文を唱え始めましたではありませんか! このままでは、ルナ・ルナーさえも抑えこんでしまった強力な魔法がレヴォネたちを巻き込んでしまいます……! そうなったら、ルナ・ルナーのように魔法を使えることが出来ない彼女たちは……。

 そんな身の毛のよだつ恐ろしい光景が広がろがろうとしていた、その時でした。

「――そうはさせないよ! ガブッ……!」

「ぐっ!? いたたたっ……!?」

 ルナティック・ルナーのすぐ側にいたセリニは首を一杯一杯に伸ばして、セリニを縛る影の縄を持っていた腕に噛み付いたのです!ルナティック・ルナーはその行動と痛みに驚いて攻撃の手を取りやめます。その時持っていた魔法の杖を落としそうになりましたが、ルナティック・ルナーはなんとか持ち直して落とすことを免れたのでした。

 それでもセリニはルナティック・ルナーの腕に噛み付きし続けました。一度はルナティック・ルナーが振るう腕に口を離してしまいましたがそれでも彼女は諦めずにもう一度噛み付いたのです。今度は相手が諦めることを誘うように何度も何度も噛みつき、ルナティック・ルナーの腕はすっかりセリニの歯型だらけになってしまいました。

「うぐぐ……! こ、このっ!」

「ぷはっ……! みんなーっ! 早く隠れて! ルナティック・ルナーが空から狙っているよーっ!」

 セリニは一瞬の隙を見逃さず、痛みに悶えるルナティック・ルナーの近くから地上に居る四人に叫びかけます。すると、その四つの影は止まり、すぐさまそれぞれが別の方向へ散り散りになっていきました。どうやらセリニの大きな声はレヴォネたちに聞こえたようです。それを見たセリニほっとして、瞳から溢れ出してくる涙を吹き付けてくる風に任せていました。けれどそんな安心感は束の間、ルナティック・ルナーは睨みつけるようにしてセリニの顔を見つめ、セリニの身体を突き飛ばしました。

「小賢しい真似を! お前なんてこうしてくれる! ルーナ……ええと……」

 ルナティック・ルナーは一度魔法の杖に付く月の印を下に向けようとしてそれを取りやめて杖を向かせる向きを悩みます。そして彼女は結局月の印を下に向けて呪文を唱える体勢に入ります。一体どうしたのでしょうか?

「ルーナ・ゼ――」

 

「――ルーナ・ヴェントゥノー!」

 

 ルナティック・ルナーが呪文を言いかけたその時、突然響き渡る声とともにルナティック・ルナーに黒く透明なシャボン玉のような物が飛んできて彼女にぶつかり割れて弾けました。それにまた驚いたルナティック・ルナーは飛んできた方向を探して辺りを見渡します。そして顔をあげると、そこには……。

「そこまでだよ、ルナティック・ルナー。私の大事なセリニに手を出さないでちょうだい!」

 魔法の杖を携えて、月の光に照らされながらルナ・ルナーが姿を現したのです! そしてルナ・ルナーはセリニの前にやって来て、セリニを庇うように両腕を広げて佇んでいたのでした。

「ル……ルナルナ!? 無事だったんだね……! それにしても、その髪……どうしちゃったの……?」

「ふふふ……。セリニを助けたくて、力をお月さまに分けてもらったの。私は月の精霊ルナ・ルナー。そして今は……」

 ルナ・ルナーはセリにの質問に答えながら振り返ります。そしてルナ・ルナーの真っ直ぐな視線の先に映り込んできたのは、驚きと焦りの表情を見せているルナティック・ルナーなのでした。

「私の全てを賭けて身体の中に眠る光を呼び起こした、つきあかりのルナ・ルナー。私の中にある輝きが曇らないかぎり、私は負けないよ! ……さあ、ルナティック・ルナー。私の中に眠る光と戦う覚悟はあるかな……?」

 そう言ってルナ・ルナーは魔法の杖をルナティック・ルナーへと向けます。するとルナティック・ルナーも覚悟を決めて呪文とともに魔法の杖を槍にへと変身させて構えを取ります。ルナティック・ルナーの灰色の瞳は、まるで風に煽られたかのように小刻みに揺れていました。

「……ふん。どんなに姿を変えたとしても元々の力は同じだ! 同じ力から恩恵を受ける魔法で刺し違えることはない……最後まで立っているのは、このボクだッ!」

「……違うよ。あなたのような邪な願いに汚された魔法なんて、力があるはずない。例えそれが同じ源の力であっても……私に勝つなんて、百億年かかっても無理でしょうね!」

「……。ならば、試してみようじゃないか――」

 二人の会話はそこで区切られました。そこから話の続きは始まることはなく、始まったのは二人のルナルナの力のぶつかり合いだったのです。

 ルナティック・ルナーは槍を両手で構えルナ・ルナーに向けて付いたり足元を掬うようにして振り攻撃を仕掛けていきます。その攻撃はとても正確で、吹き上げられた葉っぱの真ん中を、一枚たりともずらすことのない程の正確さです。ルナ・ルナーはその攻撃たちを躱しながら、セリニに危害が加わらないように距離を少しずつルナティック・ルナーを誘導して離れていきます。

「ルーナ・オット!」

 魔法の杖を天に掲げそう呪文を唱えると、ルナ・ルナーの魔法の杖は二つに割れ二本になりました。そこから魔法の杖は形を縦長に姿を変えて二本の剣となってルナ・ルナーの手の中に収まったのです。そしてルナ・ルナーは二本の剣の剣身をすりあわせ硬い金属の音を響かせて構えを取ります。構えを取り剣の身体が映し出していたのは、険しい表情をして槍を構えるルナティック・ルナーなのでした。

「はあああっ!」

「ていっ……やあっ!」

 月夜の空の下で、形は瓜二つでも思う気持ちが違う二人がそれぞれ気持ちを力に変えて戦いを繰り広げています。一方は二つの剣を。もう一方は腕を伸ばせばすぐに相手をねじ込ますことが出来る長く頑丈そうな槍。けれどその二つのどちらかが一方的に有利で勝機を見せているわけではありませんでした。果たして同じ刃同士が見せる戦いの行く末とは……!?

「ふん……たあっ!」

「う……!? くそっ……」

 ルナ・ルナーが振り下ろした剣が槍の柄に当たり、一瞬にして切り落としていきました。一度や二度で切れたのではなく、ルナティック・ルナー攻撃を避けるために柄を用いていたため、それが限界を迎えていたのでした。

 折れた槍を握りしめながらルナティック・ルナーは槍を元々の杖の姿に戻し再び呪文を唱えるために構えました。けれど、そんなルナティック・ルナーの様子がなんだかおかしいのです。彼女はまた杖を上にしたりしなかったりと、どこか焦っているようにも見えます。一体、どうしたというのでしょうか? すると、ルナ・ルナーは何か分かったような素振りを見せて剣を構えることをやめてルナティック・ルナーの方を見つめました。

「……。やはり、その月の魔法の呪文にどのような効果があるのか解ってみたいだね。月の印を上下どちらかに向けるかによって変わるということは知っているみたいだけど……どの呪文で、マイナの呪文を付加させるかどうかさえもバラバラ。……ま、私のそっくりさんだし、しょうがないことだけれど?」

「ぐう……! 黙れ……黙れ黙れだまれっ! ルーナ――」

 頭を揺らし、まるで挑発をしているようなルナ・ルナーの振る舞いにルナティック・ルナーは声を荒げ素早く呪文を唱えます。――しかし、彼女が放った呪文で魔法の杖はその声に応えることはありませんでした。なぜなら剣を振りきったルナ・ルナーが目の前にいて、ルナティック・ルナーの魔法の杖を切り落としていたのだから――

「……!? いつの間に距離を……!」

「残念でした。言ったでしょ、私はつきあかりのルナ・ルナー。私の中に眠る光と戦う覚悟はあるかな……と。そんな偽物が作り出したルパタスで一つしかないはずの私のルパタスに敵うわけがないでしょ?」

「ぐっ……! だったら……う……!?」

「……ふふ、そろそろ化けの皮が剥がれてきたみたいだね。地の位置でのヴェントゥノーの呪文が意味するものは、衰退し堕落していく……。ほら、あなたがセリニから奪った光が……次々と逃げていく……」

「……! バ、バカな……!」

「ま、そういう呪文があるのだから天の位置、地の位置のどちらかのトレイヂーチでも自分自身に掛けておけばよかったんじゃないかな? 効果に関しては今後の宿題にするので考えておくように! べーっだ!」

 ルナ・ルナーが言った通りにルナティック・ルナーの身体から立ち込めるように光が溢れ出してきては空中を舞っていきます。そうした光たちの行き着く場所、それは元々の光の持ち主であるセリニの所でした。身動きの取れないセリニはその光たちが自らの身体の中に戻っていくのを動かずに待っていると、先ほどまで力ない表情を浮かべていたセリニに力が徐々に戻り始めて、セリニの顔色はゆっくりと赤みを増していくのでした。

「くっ……!? ち、力が……力が奪われていく……!」

「……もう観念しなさい。いくら足掻いても、もう逃げ場なんてないよ。それにあなたには沢山謝ってもらわなきゃね。関係のないカマルたちに危害を加えようとしたこと……モーネおばあちゃんを狙ったこと。そしてなにより……人の想いを利用としてこの星を乗っ取ろうとした。その力の源を奪い取ったセリニに……!」

「ぐ……うううううううううう、くくくううううううう……!」

 光が次々と抜けていく所が苦痛で仕方ない、そんな振る舞い方をしているルナティック・ルナーは自らの頭を抱えて悶え苦しんでいます。声は縫い目の粗い布のように掠れて悲痛にも思える声を出してルナティック・ルナーの姿が少しずつなくなっていきます。それを見たルナ・ルナーは戦う相手であるルナティック・ルナーの姿が痛ましく思ったのでしょう、彼女は少し表情を歪ませて瞼を閉じていました。

 

 徐々にルナティック・ルナーの正体が明らかになる……その時です!

 

「ううう……ググググググ……! マダ、オワルモノカ……!」

「……!? な、なにが……きゃあああっ!?」

「――っ! セリニ!」

 ルナティック・ルナーの姿が完全になくなるというあと一歩のところで異変が起こりました。消えそうになっていた僅かな影は力を振り絞るようにして、黒い影として再び姿を現したではありませんか!? そしてその影は見る見るうちに大きな塊になっていき、一本だけが影の塊から伸びるように身体を伸ばしていきます。その先にあったのは、未だ捕まったままのセリニの元です。その影の塊はセリニを鷲掴みするように乱暴に掴みあげてさらって行くのです。さらにセリニの身体は影の塊の一番上まで連れ去られてしまいました。

「な、何を……!? セリニーっ!」

「や、やだやだ……っ! 何をする気……!?」

「モウイチドトリコンデイテハジカンガカカッテシマウ……。クワエテ、コノママデハカツコトナドデキナイ……! ナラバ、イッソノコト……コイツゴトマルノミニシテスベテノチカラヲウバウシカナイ――」

 苦しそうな声とともに、聞き取りづらい声で何かを叫んでいます。ルナ・ルナーたちは何が起きるのだろうと思っていると、突然セリニが居る所の影の塊が二つに割れて、まるで獰猛(どうもう)な動物が食べ物を食べる時に大きく口を開けたように影は二つに裂け始めたのです……! セリニの目にはその様子が本当に食べられてしまうのではないかという錯覚に陥って、身体全部使って暴れ始めました。異変に気が付いたルナ・ルナーも急いでその場所を目指して駆け上がっていきます。

 ――でもその時にはもう、セリニを捕まえていた影は消え去り彼女は影の塊の中へ真っ逆さま! ルナ・ルナーが気付いた時にはもう遅かったのです……!

「……! セリニーッ!」

 

「い……いやあああああああああああああっ! ルナルナーっ! たすけてえええええええええええ……――」

 

 ばくん。と、そんな音が聞こえてきそうなほど二つに割れた影の塊はセリニを影の中へと落として飲み込んでしまったのです! その様子にルナ・ルナーは目を丸くして、驚きを抱きながらその様子を眺めることしか出来ないのでした……。

「ムグ……クク……くくくっ……! サイショカラこうすれば良かったんだな……! すごい、さっきよりも力が……漲ってくる……!」

 影の塊はセリニを飲み込むとあっという間に形姿を小さくしていき、先ほどと同じルナティック・ルナーの姿に戻りました。けれど先ほどとは違いルナティック・ルナーの瞳にはセリニと同じ赤い色の瞳が宿っていたのでした。

「なんて……なんて惨いことを……! そこまでして力が欲しいだなんて……信じられないよ!」

「……そうだろうね。君には影たちの窮屈さなど知りもしないだろうね。だから尚更虫酸が走るよ……力の差では変わりはないのにどうして光の住人たちだけ……! だからボクは君を倒して光の住人たちを徐々に追い詰めてやる。それを行使するためならば、交渉する余地など……有りはしないッ!」

 ルナティック・ルナーはルナ・ルナーと同じ高さにまで降りてきて向き合います。けれど一色触発の状態の中、話し合いなどあるわけもなく、ルナティック・ルナーは腕を伸ばし仄暗く稲妻のような光の筋をルナ・ルナーに向けて放ちました。それに気がついたルナ・ルナーは間一髪のところでかわし剣を構え直します。そうしているとルナティック・ルナーは一瞬の内に詰め寄ってきたのです!

「こ……これ……! 影の魔法……!? 何が、どうなって……!?」

「ふん……もはや杖などいらない。ボク自身の力を使って君をねじ伏せるまでさ。いつか月は……光は影に飲み込まれて光を奪われていくもの……それが今この時だということを、教えてやる!」

 そう言い残してルナティック・ルナーはルナ・ルナーを蹴って突き飛ばします。そしてルナティック・ルナーは両手を合わせてその中に闇の力を溜め込んで一つの球体を作ります。そうした後その球体を引きちぎるようにしてルナティック・ルナーは両腕を伸ばしました。そこに現れたもの、長くしなやかな影の塊から作られた黒いウィップなのでした。

 ルナティック・ルナーはそれを振るってルナ・ルナーに攻撃を加えていきます。それを防ごうとしてルナ・ルナーは剣を使って防ごうとしますが、黒色のウィップはそれに絡みついて、ルナティック・ルナーが引き寄せると奪うかのように引きずられていきます。それをなんとか阻止しようとしてルナ・ルナーは魔法の杖に掛けた魔法を解いて離そうと試みます。なんとかそのことをするのに成功してルナ・ルナーは魔法の杖を抱きしめ胸をなでおろしていると、突如横から鋭い痛みとともに何かで叩かれた感覚がしたのでした。

「安心してやられるがいいさ。そうすれば変な杖を気遣うこと無くて済むのだからね!」

 そう言いながらルナティック・ルナーは何度もルナ・ルナーにウィップを打ち付けます。凄まじい音とともにルナ・ルナーからあまりの痛みに声を荒げ眉がくっついてしまうほど寄せていきます。そしてルナティック・ルナーは動きの弱まったルナ・ルナーの首にウィップの身体を巻きつけて自由を奪ったのでした。

「……はは、アハハハハッ! どうした? 月の力を貰って強くなったのだろう!? ならば……もっと足掻いてみせろ! ……どうした出来ないのか……? 出来ないのか出来ないのかできないのか出来ないんだよなぁっ!? アハハ、これはいいや! 一度はボクを打ち破った相手をこうして自由を奪っているのだから、これほどいい気持ちはないや!」

「うゔ……! うぐぐ……っ!」

「なんてザマだよルナ・ルナー? その苦しそうな状態から……解き放ってやるよッ――!」

 その言葉とともにルナティック・ルナーは何か呪文のようなものを唱え始めます。すると――

「シャッテン・モル・アハトー!」

 ルナティック・ルナーの腕から黒色の稲妻が走りウィップを伝っていきます。その先にあるルナ・ルナーを目掛けて……! その黒色の稲妻がルナ・ルナーに到達するには時間を要することはなく、それに続くようにしてルナ・ルナーの悲鳴が聞こえてきたのです……!

「――! うわあああああああああああああああっ!?」

 電撃を受けてルナ・ルナーはその衝撃に身体を震わせます。

 全ての電撃が終わるまでにどのくらいの時間がかかったことでしょう……そう思うほど長くルナ・ルナーの身体には黒色の稲妻が流れていたのでした。全ての電撃を受け終わるとルナ・ルナーの身体は力なく地面の彼方へと落ちていくのでした。

「ハハッ! このままでは終わらせない! いくぞ、シャッテン・ツルク・アイントツヴァンツィヒ――」

 ルナティック・ルナーは最後の留めにとルナ・ルナーを追いかけながら影の魔法の呪文を唱えていきます。このままではルナ・ルナーがやられてしまいます……!

 ……おや……? ルナ・ルナーの口が僅かに動いています……さらに彼女の杖の月の印は上を向いて……?

 

「――ヂ……チ……! ……ルーナ・アンヂーチ!

 

 叫ぶようにして声が辺り一面に響き渡ります。その声に驚いてルナティック・ルナーは攻撃をしようとした腕を止めます。すると、ルナ・ルナーの声とともに現れた月の光を纏った屈強そうな腕がルナティック・ルナーごと包み込んで突き抜けていきます。その衝撃にルナティック・ルナーのウィップは消え去り、ルナティック・ルナーは光の中でただただ悶え続けるのでした。

「ぐ……!? ぐああああっ! な、なんだ……この、溢れ出してくるような……力は……!?」

「……そう、これは私の中に秘めたる月の光の力。誰かを思う力はどの力さえも跳ね除けて膨れ上がっていくんだよ! 例えそれが、あなたみたいな強く力のある魔法の力だったとしても……!」

「バ……バカな……! 平和を愛するものが……これほど押し返す力など……!?」

「……愛するから、こそ……」

 光の筋に押さえつけられているルナティック・ルナーに近付きルナ・ルナーは彼女に語りかけます。その時のルナ・ルナーの表情は、痛みに歪ませていても怒りの表情はなく、優しい笑みを浮かべていました。

「私はみんなと穏やかに過ごすことが大好き。だから争い事は嫌い……でも、そんなことをいつまでも言っていたから私はセリニをあなたに奪われてしまった。……私は少しだけ考え方を変えた。いつまでも守りに入っていたって奪われてしまうものは奪われてしまうから……。だから私は戦うの。それで誰かが助かるというのなら――」

 ルナ・ルナーはそれだけを言い残すと、ルナティック・ルナーにもたれかかるように抱きつきました。その行動にルナティック・ルナーからは抑制の声が響き渡ります。それでもルナ・ルナーは抱きしめることを止めることはありませんでした。それどころかルナ・ルナーは抱きしめる力を強めて、まるで泣きじゃくる子どもが落ち着くまで一緒にいるかのように強く優しく……心の中で語りかけるように――

「……あ……うう……――」

 光の中で包まれているルナティック・ルナーの暴れていた手足は次第に大人しくなっていき彼女の表情は血眼になっていた様子が消え穏やかに、眠たそうな表情に変わっていきます。

 そしてルナティック・ルナーが完全に瞼を閉じ眠りにつくと、ルナティック・ルナーの身体は光の中に溶けていき、やがてその身体は完全に光の中へと消えていくのでした。

「……。良かった、これで……あっ、セリニ……!」

 戦いが終わったことに胸を撫で下ろしていると、ルナ・ルナーが居る方へと空からセリニがゆっくりと降りてくるのが視界に入り、ルナ・ルナーは嬉しそうな面持ちでその方へ近付いて行きました。

「……良かった、無事で……! ……ルナティック・ルナーも力でねじ伏せるという形で倒すことにならなくて、本当に良かった……」

 降りてくるセリニを優しく受け止め、まだ意識があることを確認すると、ルナ・ルナーは翡翠色の瞳が溺れるほど目元に涙を溜めてセリニの小さな身体を抱きしめました。

「しかし……あのルナティック・ルナーって子は、誰だったんだろう……? 私と同じ格好して月の魔法と……使う人が限られてる影の魔法を使っていただなんて。……それにしても本当に私そっくりでちょっと不気味だったかも……。私も私で真似されるような格好だからいけないのかな……? だからと言って如何にも魔法使いって格好は……ねぇ……。お着替えするのも面倒くさそうだ――あいたっ!?」

 今までのことを思い出していると、突然何かが自分自身の頭に激突してきてルナ・ルナーは思わずよろめきます。突然降り注いできた痛みに混乱していると、ルナ・ルナーが抱えているセリニのお腹の上にルナ・ルナーの頭に当たった何かが転がります。その転がったものは真っ黒で毛糸の玉のようにふわふわとした身体を身にまとっています。ルナ・ルナーはそれに見覚えがあり声をあげるのでした。

「ク……クレイ!? クレイじゃないの! どうして……こんなとこ……。……もしかして……?」

 ルナ・ルナーはそう言って怪訝な表情を浮かべたまま何かを察したように深く頷きました。それと同時に月白色の髪をしたつきあかりのルナ・ルナーの姿は穏やかに静まっていき、元の月の精霊・ルナ・ルナーへと変わっていきました。

 二人のルナルナの戦いはこうして幕を閉じました。そしてこの辺りに吹き抜ける風は、ちょっと前に激しい戦いがあったということを忘れさせるほど、穏やかに駆け抜けていくのでした。

 

 

 ルナ・ルナーはセリニと頭に当たってきたクレイを連れて一人自らの家へと戻ってきていました。ルナ・ルナーは家につくと真っ先にセリニを彼女自身のベッドへ寝かせ凍えないように布団をかぶせてあげました。そして今回の事件の張本人のクレイはというと……ルナ・ルナーの視界に偶然映り込んだ虫かごの中へと放り込まれたのでした。

「さてと……あとは二人が目覚めるのを待つしかないね。……セリニ、クク飲むかな。お湯を沸かしておこう」

 そう言ってルナ・ルナーはストーブの中に割った木と紙を入れて火を付けました。白い煙を上げながら火は瞬く間に燃え広がっていき、それを見たルナ・ルナーは静かに扉を閉めました。そして彼女は水を入れた入れ物を用意してストーブの上に置いて、ククを作る準備をしたのでした。

「……」

 ルナ・ルナーは落ち着いた寝息を立てているセリニの方に近寄り、ベッドに腰を掛けます。そのセリニの姿を見つめる表情は嬉しそうで――どこか苦しそうな気持ちを混ぜ込んでいました。

「……ごめんねセリニ……。辛い思いをさせちゃったね……こんなことになるならあなたのことを突き放すような真似をせずに、きちんと納得するまで向きあえば良かった……」

 そう言ってルナ・ルナーはセリニ頭を撫でてセリニの耳も指でなぞったり、指で挟み込んでこねていきます。そうしているとセリニは眠っていても擽ったそうな声と笑顔を見せるのでした。

「……可愛い寝顔をしちゃって。本当、まだ生まれてから半月も経っていないんだよね。それでも立派な考えを持っているなんて、きちんとしているね。私も見習わなくちゃ――」

「――ううん……! ……はっ!? ど、どこだここは! な、なんだってボクは虫カゴなんかに……!?」

 ルナ・ルナーがセリニを見守っていると突然虫かごから賑やかな声が聞こえてくるではありませんか。ルナ・ルナーがその声がする方へ顔を向けると、虫かごを激しく揺らすクレイの姿があって、ルナ・ルナーは溜息を混じらせながらその声がする方へと歩いていきます。

「チキショウ! 誰だこんな真似をするのは――」

「やいやい! やっと目を覚ましたか影の精霊・クレイめ!」

「! うわあ!? ル、ルナ・ルナー!? どうしてここに!?」

「どうしても何も、ここは私の家だよ! 悪さをしたクレイにお説教するためにとっちめてやったんだから! 覚悟なさい?」

 ルナ・ルナーはそう言いながらクレイが入った虫かごを持ち上げて中を睨むように覗き込みます。普段は穏やかな表情を見せる優しげなルナ・ルナーの表情とは違ったその様子にクレイは少しだけ怯えた様子を見せ大人しくしていました。

「クレイ、あなたはどうしてまたこの星に居るの? 確かずっと前に今日みたいに戦いを挑んできて、不完全だったあなたは私に倒されて他の星……あなたの母星へと逃れたはず。それなのにどうして? ……もしまたこの星に来た理由が私を倒すためにやって来た、だなんて言い出したら承知しないんだから!」

「ふん……ルナ・ルナーの言ったことそのままがこのボクのこの星へ来た理由さ。承知してもらうつもりなんて毛頭ない。ただ……君という存在を乗り越えて示したかった。いつだってボクたち影の存在は光に追いやられて隅っこ暮らしなのさ。……太陽の精霊・ソアレの膨大な力では、影の精霊の力ではどうしようもない……せめて、二番目に強い明かりを持つものさえ倒してしまえばと思ったんだ。……もう、追い出されてしまうような暮らしはうんざりなんだ……」

「……」

 しおらしくしょんぼりとした口調でクレイは観念したように自分自身のことを話していきます。彼の言葉には偽りは無いようで本音を語っているようでした。その想いが通じたのでしょう、ルナ・ルナーは先ほど浮かべていた怒りの表情はなくなり、真剣に話を聞くルナ・ルナーの姿がありました。そしてルナ・ルナーは話し終え大人しくしているクレイを虫かごの中から出してあげて、ルナ・ルナーはクレイを手のひらの上に乗せてあげたのです。

「……クレイの言い分はよく解ったよ。確かに、そのことに関しては私たちにも考える余地がある……影たちというのはどんな場所でも生きることが出来る「永遠の生命体」と称されるほどの強い精霊たち。だからなのかもしれない、人々が怖がってあなたたちを追いだそうとしてしまうのは……。そういった所は考えを改めていかなければいけないね」

「……。……ルナ・ルナー……」

「でも……でもね、今回あなたのしたことはうんと乱暴で、関係のない人たちを苦しめてしまったんだよ。考えてみなさい、あなたが手を出したポーラビットの子どもたち……数は少ないけれど彼らは傷付き声を荒げていた。そして何より……あなたの身勝手な力を欲する願いを叶えるために、そこで寝ているセリニの力を二度も奪った。挙句の果てには彼女を飲み込んで力を手にするなんて。……あなたはいいのかもしれない。でも力を奪われたセリニは? 手に入れた力で生活を追われる人々の気持ちは? ……そんなの関係ないだなんて言わせないよ。自分たちがそういう目に遭ったんだからいいだろう……なんてもし思っているなら今すぐにやめなさい。平等を叶えるために力で押さえつける……そんなこと、決して許されるものではないんだよ」

 両手でクレイの身体を包み込みルナ・ルナーは優しく問いかけます。クレイは暴れること無く、優しい声で話しかけているルナ・ルナーの言葉をしっかりと聞いていました。

「だからね、奪い合うのではなくわかり合うんだよ。きちんと向き合って話さえすれば相手もきっと解ってくれる。今回のことは褒められたことではないけれど、立派な力を持っているんだもの、今日みたいな出来事を繰り返さないと私は信じているわ」

「……気安く言ってくれるよ。ボクと君は戦い合ったじゃないか。それでも信じてあげるというのかい?」

「信じるよ。例えあなたが納得がいかないというなら納得がいくまで、何度でも」

「……。……本当に愚かだよ君はさ……。敵に塩を送る様な真似を……」

「ふふ、それが私だもの。この性根はお月さまがなくなるその日まで変わらないよ」

 そう言ってルナ・ルナーはクレイに微笑みかけます。それを見たクレイは諦めたように溜息をつきながらルナ・ルナーの手のひらの中で転がっていました。

「さ、今日の所はも帰りなさい。ポーラビットの人たちにはクレイがごめんねって言ってたって言ってあげるからさ」

「……ボクはごめんなんて一言も言わないよ」

「……?」

「……。悪かった。そうとだけ言っててくれ」

 クレイはそう言い残すとルナ・ルナーの手のひらから離れていき、ルナ・ルナーの家の窓へ近付いてそこから外へ出て行きました。その様子にルナ・ルナーは立ち尽くしていましたが、ルナ・ルナーは少しだけ笑ってクレイが出て行ったところを眺めているのでした。

「本当にもう、素直じゃないんだから。……でもまあ、根は優しいからねクレイも……」

「……う、ん……。ううん……」

 ふとルナ・ルナーの後ろから声が聞こえてきて彼女が振り返ると、ベッドからは寝かせていたセリニ目覚めたばかりの声をあげて起き上がったのでした。

「……あれ……? ここは……?」

「セリニ……! 良かった、気が付いて……」

「わっ……!? ル、ルナルナ……」

 セリニが起き上がるところを見てルナ・ルナーは起き上がったばかりのセリニの身体を強く抱きしめました。突然のことにセリニは驚いて目を丸めていましたが、その表情はすぐに無くなり心地よさそうな表情を浮かべたのでした。

「痛い所はない? 本当に……クレイに連れ去られた時はどうなるかと思った……本当に、よかった……」

「……ルナルナ……」

 セリニの身体をルナ・ルナーは強く、強く抱きしめます。そして彼女のセリニを想う気持ちが込められた声にはどこか涙が混じっていて、微かに震えていたのでした。

「……ルナルナ」

「うん? なあに?」

「……今日は、ごめんなさい。セリニがルナルナに魔法使いになるなって言われて……いじけたりなんかしたから、こんな風にルナルナに痛い思いをさせちゃった……。セリニがワガママを言わなければ……こんなことにはならなかったのにっ……ごめんなさいっ……」

「……セリニ、それは違うよ。……確かにセリニは私に憧れて魔法使いになりたかった。それだけなら良かったのかもしれない。でも今日はそれにつけ込んでクレイがあなたの強い力を奪って暴れまわっただけのこと。だからセリニは謝ることなんてないのよ?」

「……。怒って、ないの……?」

「誰が怒るもんですか。むしろ感謝するくらいだよ。私はセリニのおかげで大事なことを見つけ直すことが出来た。それからセリニのことが今まで以上にとーっても大好きになっちゃった! 大事なことを気付かせてくれて、本当にありがとう。セリニ……」

 その言葉を聞いてセリニは今まで積もっていた気持ちが一気に弾けて、また赤い瞳から大粒の涙をこぼし始めました。それを見たルナ・ルナーはセリニを抱き寄せて頭をなでたり、セリニの耳をこねたりして、セリニから心地の良さそうな声とともにルナ・ルナーの身体はセリニに強く抱きしめられたのでした。

 そうしているとストーブの上に乗せてあった水の入った入れ物から甲高い音が聞こえて、それを聞いたルナ・ルナーは慌ててそれの前に駆け寄ります。

 するとセリニはそれを追うようにしてベッドから降りて、後ろ姿を見せているルナ・ルナーに声をかけるのでした。

「あ、あのね……そのう……」

「?」

「……やっぱり、セリニ夢を……憧れをまだ捨てたくない……。辛い修行や稽古も一生懸命頑張るし、お勉強もいっぱいする! だ、だから……セ、セリニをっ! ルナルナの弟子にしてくださいっ……!」

「……。口では簡単に言うけれど、本当に大変なのよ? それから私は結構厳しくやるよ? それでも……?」

「も、もちろん……! セリニ、夢を叶えることがとっても簡単だなんて思ってないもん! いっぱい大変なことも楽しいことも体験しなくちゃいけないって……今日学んだよ……。だから――」

「……くすっ。それじゃあ……はい、これ」

 ルナ・ルナーはそう言ってコップをセリニに差し出します。そのコップに入れてあったのは、白く湯気を上げてとても甘い匂いを漂わせている入れたばかりのククが入っていたのでした。

「……クク?」

「そう。今この状況で私がダメって言うなら、こういう風にククを作ってセリニに手渡さないよ。だって、辛いことをさせるのにそんな悠長なことをしてられないでしょ? ……つまり?」

「……! それじゃあ……!」

「ふふふ……うん。私の教えでいいなら大歓迎よ。改めてよろしくね、セリニ」

「……でも、そんなすぐに覚える自信は……ないよ……うう……」

「もう、いきなり弱気になんてなってはダメ。気は持ち様なんだから。……大丈夫、出来るわ。心優しい、あなたになら……」

 そうルナ・ルナーが微笑んでいるとセリニは差し出されたルナ・ルナーの手を静かに握って見つめ合います。見つめ合う二人の顔には嬉しさと期待が輝いていたのでした。

「え、えへへ……なんだかムズムズしちゃうな……改めてルナルナと挨拶するなんて」

「あはは……。じゃあ、早速魔法とはなにかというところから始めましょうか! ……でもその前に、カマルやフェンガリ、レヴォネとモーネおばあちゃんたちに顔を見せてこなきゃね。無事に帰ってきたよって……セリニを連れて見せてあげなきゃ」

「うん! ……えへへっ、ルナルナ!」

ルナ・ルナーが街へ行く支度をしているとセリニは突然ルナ・ルナーの身体に抱きつきました。突然のことにルナ・ルナーは身体をよろめかせましたがなんとかこらえました。ふとルナ・ルナーがセリニの方へ顔を向けると、そこにあったのはとても嬉しそうに、耳さえも機嫌が良さそうに動いている、ポーラビットの小さな女の子のセリニの姿なのでした。

 

「ルナルナ……! えへ、大好き……!」

「……ふふっ。私もよ、セリニ……――」

 

 

 こうしてセリニ魔法使いになるべくルナ・ルナーの下で様々な修行を積み始めました。セリニはルナ・ルナーが思っていたよりも覚えることが得意みたいで普通の人が一年かかるところをたった数週間で覚えたといいいます。これは、もしかしてセリニには本当にルナ・ルナーのような魔法使いの素質があるのかも……!? そういった経緯もあってルナ・ルナーはセリニをつれて精霊がいる様々な星に連れて行くのですが、それはまた別のお話……。

 それからセリニは相変わらずだらしない生活を送るルナ・ルナーをなんとかしてあげたいと、セリニはルナ・ルナーの家に引っ越してきてともに暮らし始めました。

 喧嘩や思い違いはあるけれど、それでも二人の家からはいつでも笑い声であふれていて、ブレンホーツの丘を通る人たちが笑顔になっていくほどとても幸せそうと言うほどなのだそう。

 月の精霊ルナ・ルナーとポーラビットのセリニはそれからずっと、ずっとつきあかりの照らす世界で楽しく幸せに暮らしたのだとさ……。

 

 

 

 

 

 

つきあかりのルナ・ルナー(完)

***************************************

つきあかりのルナ・ルナー/2015.12完結作品(2016.4加筆修正)

 

●あとがき

 はい。ちょっと前に投稿したお話です。こう、神話的なというかおとぎ話的なお話を書きたくて書いたように記憶しています。

 今こうしてみると、キャラの設定や世界観は中々の出来だとは思いますが、いかんせんキャラの動かし方は下手だなと思います。一人称ばかり書いているからこうなるのですからしょうがない所もありますが、これは精進しなくてはいけませんね。

 ちなみに補足すると、このお話に登場するクレイ(ルナティック・ルナー)以外の登場人物は言語は違いますがみんな「月」にまつわる意味の名前が付いています。

 それからルナ・ルナーたちが使っていた魔法の呪文はタロットカードに基いています。

 「……ふふ、そろそろ化けの皮が剥がれてきたみたいだね。地の位置でのヴェントゥノーの呪文が意味するものは、衰退し堕落していく……。ほら、あなたがセリニから奪った光が……次々と逃げていく……」(本文より)

 これは大アルカナの21番目のカード「世界」の逆位置での効果です。逆位置で呪文を唱えたので杖を下に向けたというわけです。ちなみに作中に小アルカナも出てきますが、この場合数字の前に「マイナ」(クレイの場合はシャッテン)が付きます。これらは小さい(数字が)という意味になります。

 数字の読み方はイタリア語の読みを崩して読んだものになります。なるべくバレないようにと崩しすぎてちょっと失敗してしまいました…。(書いた本人もちょっと読みにくかった) ついでに言うとクレイの影の魔法はドイツ語読みで呪文を唱えています。

 

……さて、補足が多い物語はどうなんだと思ってしまいますが個人的にはお気に入りの作品です。如何だったでしょうか?

 先に述べた通り、世界観は良いと思っているので機会があれば続きを書いてみたいものです。

 

 では、今回はこの辺で。

 

著作:雨宮 丸/2015 - 2017